デニロ

青春ジャック止められるか、俺たちを2のデニロのレビュー・感想・評価

4.0
『止められるか、俺たちを』は1970年前後、政治の時代の新宿/若松プロが世界に向かって鉛筆を削っていた話だった。本作は、若松孝二が1983年名古屋で開館させたミニシアター/シネマスコーレに集う若き映画青年たちの物語。

王貞治が直接電話をかけて、来年ウチの球団のコーチやってくれないかとか、WBCに参加してくれないかと依頼して、相手を恐縮させるという話を耳にするが、王さんからなら緊張しながらも、その申し出は真摯なものだろう、そう思える功績と人柄は知れ渡っていると思うけど、本作の東出昌大/木全は、井浦新/若松孝二からの電話で呼び出されて、俺、今度名古屋で映画館を作るんだ、そこの支配人をやってくれないかと依頼される。若松は、木全が東京池袋文芸坐で番組を編成していたと聞き白羽の矢を立てたのだ。木全は、東京で結婚し子を生したので、映画の仕事はここいらで、と名古屋に戻り当時流通し始めたビデオカメラのセールスマンとして生活をしていたのです。そこに若松からのそんな誘い。東京で映画に関わる仕事をしていたのなら、若松孝二がどんなモノであるかは少しは知っていたはず。野球界における王貞治が持つ信頼感とは大きくかけ離れている。でも、そんな事よりやはり映画に関わって生きていきたいのだ。

妻/コムアイに、どうだろうか、と探りを入れる。笑いながら、反対したら断るの?と言われてしまってすっかり見透かされている。でも、子どももいるし、え、わたしに何を言わせたいのよ、と、ええ女房じゃありませんか。すっかり甘えちゃって、ビデオで夫婦が映したいもの何か知ってる?といやらしく笑いながら迫りますけど、絶対にイヤ!と素気無いコムアイ奥様。コムアイ好きです。ビデオでまぐわう姿を記録しておきたいです。

さて、主人公は杉田雷麟演じる本作の脚本監督/井上淳一がモデル。東出昌大/木全を押しのけていつの間にか物語の中心にいるのです。井上君の父親は会社経営者のプチブルで、井上君は経済的に恵まれています。息子の勝手にそれも親の務め今に子にもわかる、と嘯く剛毅な父親の下でぬくぬくと庇護されているのです。高校生の頃からシネマスコーレで映画を観て、同級生の女子を名古屋の裏通りにあるシネマスコーレに誘っては、今村昌平の映画を観た後でこのまま帰るのはもったいないと何やら匂わせるけれど、この映画館に誘ったのは近くにラブホがあるからでしょ、と取り付く島もなくフラれてしまう。案の定、大学受験には失敗し予備校通いに。かなりしょぼい。

わたしは家庭の事情で、というより赤貧に近い状態だったので予備校には通ったことはないのですが、予備校出身者はあの一年は貴重な時間だったと話しておりました。本作に登場するような活動家あがりの講師の話を聞くことはそれなりに面白いんだろうなと想像できる。

さてさて、その井上君がシネマスコーレで若松監督と出会い、弟子にしてくれ、と出会ったその日に若松監督の乗った新幹線に飛び乗ってしまう、というところから物語は大転回する。でも、作者の自伝的な物語だけでは面白くないと思ったか、唐突に、愛知学院の大学映研のカップルを登場させて、シネマスコーレのバイトとして登場させる。大学映研で自主製作の映画を作る。70年代の終わりころには映研は理論よりも実作に移り変わっていた。このカップルというより金本法子/芋生悠の物語を紛れ込ませることで井上君ののほほんとしながらも剛力な面が強調される。金本は、シネマスコーレの支配人木全に、わたし三重苦ですから、と映画を撮れない理由を数え上げる。才能がない、女である、そして秘密。

図々しく振る舞い若松プロの助監督になってしまった井上君にしっとする金本。助監督になったといっても現場では何の役にも立たずに、いつまでもお客さんでいるな!俺の視界に入るな!!と若松監督に罵られる姿は前作の吉積めぐみ/門脇麦と同じだ。「オーライ、オーライ」で井上君が車を誘導してぶつけてしまうシーンなど井浦新のノリノリの演技で笑わせてくれる。が、そんなことを金本は知る由もない。ともかく狂おしく映画にしっとしているのだ。夏休みに憔悴して帰省した井上君を見るに及んでも狂おしいのだ。帰省なんかしてくるな!!

彼女が秘密にしていたことは在日朝鮮人。名前で想像は付くけれど。彼女が指紋押捺した後、役所の外で待っていた妹にインキで汚れた指を示すシーンで、あ、指紋押捺拒否とかあったっけなと、忘れていた記憶を呼び覚まされる。ここではわたしは、井上君同様にのほほん組だ。その時妹は複雑な表情で姉を見つめ、後に16歳の誕生日を迎えたとき、わたし指紋押捺しないと、姉にそう宣言する。

そんな妹の姿を間近に見て、/自分には撮りたいものなんか何もない/と言っていた金本にもムクムクと世界に向かって鉛筆を削る!!という闘争心が湧いてくる。シネマスコーレの入るビルの屋上での井上君と金本の夜と昼のシーン。ふたりのパッションにわたしのこころは乗っ取られます。
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