きっかけは天野友二朗監督の『わたしの魔境』だった。
天野監督の『幸福な囚人』をいたく気に入り、その後の作品である『復讐代理人』、そして『わたしの魔境』とクラウドファンディングにて支援させてもらった。
『わたしの魔境』はオウム真理教事件を扱ったことで話題になったが、その作品でカルト教団の教祖を演じたのが牛丸亮さんだった。
その牛丸さんが長編映画を監督する、ということで、製作費をクラウドファンディングされていたので、これは是非協力したいな、と。
しかも、養鶏場を舞台にした映画ということで、完成すればジャンル的に希少価値の高い作品になるのではないか。
養鶏場を舞台にした映画って、昨年、何故か急遽リバイバル上映された、68年のイタリア映画『殺しを呼ぶ卵』くらいだろう。
しかも、主演は『復讐代理人』でも出演されていた佐々木心音さん、共演は僕もお世話になった『天使のいる図書館』のウエダアツシ監督の『うみべの女の子』で強烈な印象を残した石川瑠華さんということもあり、迷うことなく支援させていただいたのだった。
映画は見事完成し、2023年11月に東京で公開されるや概ね好評のようで、関西での公開を首を長くして待っていたところ、ようやくシアターセブンで公開されることとなったのである。
とある地方の町。
そこで養鶏場を営む田中一家。
家長の良介(木口健太)とその妻優子(佐々木心音)。良介の姉里実(久田松真耶)の3人家族。
そこに住み込みの作業員太一(藤主税)を加えた4人の生活である。
終始穏やかな性格の優子は、何かと里実にいびられる毎日。
良介はそんな優子の性格に苛立ちを感じている。そういった日々の様子を複雑な思いで見ている太一。
良介は採れた卵を道の駅へ出荷しているが、店員の咲(石川瑠華)とは不倫関係にあった。
ある日、良介の子供を妊娠したと、咲が田中家にやってくる。
優子は咲が住み込みのアルバイト募集でやってきたと思い採用してしまったため、かくして奇妙な共同生活が始まるのだった・・・。
修羅場と化した田中家、という形だが映画はそういうカラーにならないところがまずユニーク。
それは終始穏やかで、言い替えれば本心は何を考えているのかわからない優子というキャラの持つ力だろう。
里実にいびられても嫌な顔ひとつしない。
良介の不倫相手が乗り込んできても形相が変わらない。
ある意味不気味(笑)なのだが、映画を観ているこちらも優子の崩さぬ笑顔に取り込まれてしまう、不思議な包容力がある。
この優子と義姉の里実とのやりとり、良介とのやりとりには思わず笑ってしまうシュールなユニークさがある。
たとえば、かつての今村昌平監督の重喜劇の如き面白さであり、このあたりの佐々木心音さんを中心とする演者さんたちの演技がじつに素晴らしい。
そもそも一見、実父長的家制度の田中家だが、実質的な力を持っているのが男ではなく里実であるということで、いわばいびつな家長制度の体である。
さらに、雄は淘汰され、雌のみが飼われている養鶏場において、その雌もある程度古くなったら処分されてしまうという、本作に込められた強烈なアイロニーの果てに、いつ優子が感情を爆発させるのかと、ある種のスリル感を持ちながら作品を観ていた。
このあたりのストーリーテーリングも絶妙だ。
もともと本作は舞台劇が原作としてあって、その舞台を観た牛丸監督は自身の長編映画第一作目を本作の映画化に決めたとのこと。
優子を始めとする登場人物の設定が緻密に深く描かれているのは、原作が舞台劇だったからだろうか。
この映画版と舞台版と、どれくらい違いがあるのか、どれくらい同じなのかはわからないが、舞台版は映画版におけるクライマックスのシークエンスで終わっているとのこと。
ここで詳細は書けないが、映画はその後のエピローグまでを描き、きちんと物語に終止符を打っている。
さらに全編ロケであろう映画版ゆえの空間の広がり(とはいえ田中家は封建的な社会であって、イメージとしては閉鎖されているのだが)があって、そこに本作を映画化しようと奮い立った牛丸監督の熱意が伝わってくる。
空間の広がりでいえば、クライマックスのシチュエーションでは舞台が田中家を離れて、場面が外へ移っての展開があり、観ている方の意識としての閉塞感を開放してくれるそのバランスがいい。
あと、これは養鶏場を営んでらっしゃる方には失礼なことではあるけれど、とにかく養鶏場って独特な臭いがあって、昔は僕の家(奈良県在住)の近くにも養鶏場が幾つかあった。
田園も多かった昔に比べ、マンションを含む住宅地が多くなると、町中での養鶏場や牧場経営はなにかと難しいだろう。
それはともかく、その養鶏場の臭いを知っている身としては、演者さんたちもスタッフも実際の養鶏場でのロケは、相当に過酷だったことと思う。
しかし、映画からは何年も養鶏に携わっている田中一家の面々(つまり臭いとかまったく平気)というくらい説得力ある主要キャストの皆さんの演技にいたく感心した。
一人、苦虫噛み潰した表情だった久田松真耶さん演じる里実。
もっとも彼女はそういうキャラなのだが(笑)
いびつな形であれ、封建的な田中一家が妊娠した家長の浮気相手が現れたことによってどう変化していくのか。
物語は思わぬ展開を見せつつ、この96分の映画にはその答えがしっかりと描かれている。
さらに、本作は観終わった後に、すぐにもう一度観たくなるある「仕掛け」があって、それも含めてじつにお見事な作品だった。
主演の佐々木心音さんをはじめ、演者さんそれぞれに代表作として本作の名を挙げることができる逸品であり、あらためて、本作に多少なりとも協力できたことを誇りに思う。
舞台挨拶では牛丸監督、佐々木心音さん、久田松真耶さん、藤主税さんが登壇。
十三の飲み屋街でいい体験をしてこられた(笑)、牛丸監督による『クオリア』というタイトルの意味するところだったり、撮影時のエピソード(藤さんのエピソードには場内大ウケだった)を披露していただいた。