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市子のデッカードのレビュー・感想・評価

市子(2023年製作の映画)
3.5
同棲する女性・川辺市子に結婚を申し込んだ長谷川義則。
その翌日、市子は長谷川の元から消えた。
市子の行方を追う長谷川が知ることになるのは市子の壮絶な過去だった。

少しネタバレあり、ですが、

次々と明らかになるDVにともなう無戸籍や難病の在宅介護などは、社会的に認知されていそうで実はなかなか理解されにくい問題なのかもしれない。
DV被害者の母親が加害者の父親と子の戸籍上のつながりを持ちたくないのに、戸籍法上の「嫡出推定」がありそのため出生届の提出を拒む人はたくさんいるのだろうか。
現在はそんな現状に即して法律改正され、無戸籍状態の子でも戸籍を取得するハードルはかなり低くなっているようだが、手続きの煩雑さや費用負担を理由になかなか踏み出せない母親もまだいるのかもしれない。

この映画の舞台が2015年なので、法律が改正される2022年はまだまだ先で、法律改正前までは「嫡出推定」と「女性の再婚禁止期間の規定」は厳然としてあったことを考えると、それに苦しんだ母親や子は実はたくさんいたのではないか?と思えてくる。

また、もう一つ壮絶な現実として描かれているのが難病の子どもの在宅看護の実態。
さまざまな福祉サービスなど家族への行政などからの支援は毎年更新されているのだが、いっしょに暮らす家族の肉体的・精神的苦労は決してそれだけでカバーできるものではなく将来の心配など想像を絶するものがあるのだろう。

無戸籍ながら幸せだった時期もあった市子だが、おそらく妹の難病発症がきっかけになって家庭が少しずつ壊れていったことは、細かくは説明されていないが、母・なつみの変貌などで推測させる。

映画は長谷川という元・恋人を中心にそれまで市子と関わってきた人たちの目線で市子という人物が語られていくので、ときにやさしく、あるいは悪魔のような顔も見せる市子はともすれば支離滅裂になりそうな人物像になりそうなのだが、杉咲花がいくつもの顔を演じ分けながらも一貫した人間として市子というキャラクターに見事に息を吹き込んでいる。

2015年の設定だが、社会問題としてのDVやそれにともなう無戸籍、難病患者の在宅看護など現在救済できる道筋は整備されながらも現実としては完全には解消されず根深い問題として存在していることを考えると、簡単に過去の出来事と割り切ることはなかなかできないと思った。
消せない過去に翻弄され、普通に生きてきた人たちと同じ夢や幸せを願うことすらできない市子=杉咲花の一つひとつの行動と本当の気持ちがあふれるシーンを見て、何もできない自分たちのやるせなさだけがいつまでも残る映画だった。

キネマ旬報2023年日本映画読者選出ベスト10第9位

注:感想に書いた民法の改正は令和4年度(2022年度)ですが、施行は令和6年4月1日になります。
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