このレビューはネタバレを含みます
今こうして普通の生活をし、
社会に実在する人間だと認められ生きているこの瞬間は、奇跡に近いものである。
市子は、幸せになりたかった。
彼女はただそれを望んでいたのであろう。
自分が生きていくためには自分を偽り、人にある一定の線引きをしないと不可能であった。
だが人は欲深いものであり、それ以上の事を望んでしまう。市子だってそうだ。
距離が縮まってしまったと同時に、まるで存在していなかったかのように消えていなくなる。こうでもしないと生きていけなかったのだ。
だが市子と関わった人間はどうだろうか?
簡単に彼女の事を忘れるなんてことは出来ないだろう。
市子は自分が生きていくために時に冷酷になり、また優しくもなった。
その優しさを皆は忘れない。忘れられるはずがない。市子がそこで生きていたという記憶は、皆の心から消えることは無いだろう。
彼女がそれぞれの人と過ごした時間はきっと幸せなものであったと思う。
偽って生きていた中でも、あの時間だけは嘘では無かったと思う。
市子の過去を知り、もし私が市子に会ったのなら、長谷川くんと同様にただただ抱きしめたい。
2024.6