銀色のファクシミリ

市子の銀色のファクシミリのネタバレレビュー・内容・結末

市子(2023年製作の映画)
4.7

このレビューはネタバレを含みます

『#市子』(2023/日)
劇場にて。原作未観劇。ある人と関わった多くの人々の視点で、ある人の過去と現在、光と影を描き、「市子」という人間を複層的に浮かび上がらせた大傑作。舞台劇らしさを感じさせつつ、それが効果的な物語の構成と、映画化を活かした終盤の映像演出も素晴らしい。

あらすじ。3年の同棲を経て、市子(杉咲花)にプロポーズした長谷川(若葉竜也)。市子は泣いて喜んでくれたが、翌日には姿を消してしまう。混乱する長谷川の前に、後藤(宇野祥平)という刑事が現れて…と展開していく。

物語は、長谷川と後藤が市子を探す「現在編」と、市子の周囲の人々の視点で描く「過去編」で進んでいく。過去編では登場する人物の名前で各エピソードが始まり、その人が主役として市子と関わる。新鋭の倉悠貴・石川瑠華から、森永悠希に中田青渚と、メインキャスト級がズラリと並ぶ。大きな見どころ。

特筆すべきは、中村ゆりさん。詳しくは触れられないけど、過去編と現在編の双方に登場し、この物語で描かれている市子の人物像と実在感を深く補強している。ラストシーンの彼女は、物語的にも視覚的な映画演出でも印象的。

市子は何をしてきたのか。何をしようとしているのか。特に物語後半では、新たに現れる・描かれる人物によって物語自体が転進、加速するので、先の予想がつかないし、予想がつくときには、先が気になって仕方ないという見事な構成。

杉咲花の卓越した演技力は、「市子」の光と影を表現し、観客に「市子」とは? という問いを委ねて終わる。自分にも、もちろん感想はあるのだけど、ここで記してしまうと盛大にネタバレになってしまうので、フィルマークスでそれは書きます。ネタバレなし感想はとりあえずオシマイ。





ここから、ネタバレ感想。
結局のところ、市子は望んでいた「自由」とは遠く離れた、もう引き返せないところまで進んでしまったのだと思うのです。

無戸籍も、幼少期や未成年時代の犯罪も、彼女だけではどうにもできない境遇が影響しているし、同情の余地は大きい。また彼女がずっと抱えている望みも、大それたものではなく、人並み程度の自由だというのも理解できる。

でもそれらの事情を汲んでも、「人を殺す自由」なんて、どこにもないのですよ。1億歩譲って、生駒山中の白骨も、あのアパートの出来事も、殺人までは問われないかもしれない。もしくは今までの全ての罪を清算することになっても、長谷川くんは市子を待っていてくれたかもしれない。贖罪の先には、本当の自由があったのかもしれない。

しかし市子は、かりそめの自由を求めて、さらに罪を重ねてしまう。しかも巻き込まれるように命を奪われたあの人への動機は、「邪魔だから」でしかなかった。もう庇いようもない、ただの殺人犯になってしまった市子。彼女はおそらく一生、人並の自由を手に入れらないだろう。

幼少期の思い出、理解のあった同僚との出会い、長谷川くんとの日々。けっして生まれついての悪人ではなかったことが分かるだけに、苦さとやりきれなさが残る。

救いがあるとすれば、これが映画で良かった、とても良く出来た映画で良かった、というかな。ネタバレ感想もオシマイ。