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国葬の日の小のレビュー・感想・評価

国葬の日(2023年製作の映画)
3.5
安倍晋三元首相の国葬当日に、国葬に対する国民の意見をできるだけ幅広く、偏りなくインタビューし、それを大島新監督の国葬反対目線で編集するのではなく、国民の姿として示そうとしたと思われるドキュメンタリー。

結果、インタビューには国葬に“無関心”な一般ピープルが多く登場する。彼らがうーんと言いながら表明する賛否の枕詞は「どちらかといえば」。なんとなくの気分やテレビなどで得たちょっとした情報でふんわりと考えているだけで、「どちらでもいいけど」の意味も含まれているだろう。

そうした状況で「分断、分断」と迫る監督の言葉は空回りし、<完成版を観てたいへん困惑しています>(公式HP)という。

言いたいことは<「分断」どころでない“無関心” 映画『国葬の日』大島新監督が抱いた危機感>みたいなことかな。もっと政治的なことに関心を持とうよ、そうでないと権力者にいいようにされちゃうよ、と。
(https://news.yahoo.co.jp/articles/a6a1589a0a83c78a5b3776a8f61bb301b9dfc0cf?page=1)

本作、面白いかといえば面白くない。多くの国民が国葬に無関心なんて、観る前の想像と同じだから。かくいう私もその一人だし。

だから国葬に無関心な日本人、ちゃんとしようよ、とは言えない。仕方ないので何故、多くの国民が無関心なのかを考えていくうちに、河合隼雄先生の「中空構造」にヒントがあるのではと思いつき、『中空構造日本の深層』を摘読した。すると「おー、これだよ、これ!」とポロポロ腑に落ち、プチ感動した。

すると本作が、個人的にいまいち分かりにくかった「中空構造」について、その中心の「空(もしくは無?)」を映像化した稀有な作品のように思えてきて、「大島新監督ありがとう」と思うくらい。

中空構造とは何かといえば次のような感じかな。(以下出所のない引用は『中空構造日本の深層』より)

<権威あるもの、権力をもつものによる統合のモデルではなく、力も働きももたない中心が相対立する力を適当に均衡せしめているモデル>。

その中空構造が上手く均衡した時のメリットは次のよう。

<日本の中空均衡型モデルでは、相対立するものや矛盾するものを敢えて排除せず、共存しうる可能性をもつものである。つまり、矛盾し対立するもののいずれかが、中心部を占めるときは、確かにその片方は場所を失い抹殺されることになろう。しかし、あくまで中心に空を保つとき、両者は適当な位置においてバランスを得て共存することになるのである。>

多くの国民の国葬への賛否が明確でないことは、中心が空である状態と考えるとしっくりくる。空だから分断するものはないし、外側にいる賛成派、反対派は激しく対立することなく共存できる。

本作を観た回は森達也監督とのトークショー付きで、大島監督は長年、政治体制が変わらないことなどから「日本人は変化が嫌いなのかも」と話していたけれど、分断と同じで空だから変えるものもないのだろう。

一方、中空構造のデメリットは次のよう。

<中空の空性がエネルギーの充満したものとして存在する、いわば、無であって有である状態にあるときは、それは有効であるが、中空が文字どおりの無となるときは、その全体のシステムは極めて弱いものになってしまう。>

無責任、無力感、虚無感、無関心もそうかもしれないけれど、中空が「無」のとき「安易な父権復興論」などの侵入を許し、バランスが崩れてしまう恐れがある。

大島監督は<安倍元首相銃撃の2日後の参院選は弔い合戦になって自民党が大勝。岸田首相が国葬をすると言ったが、旧統一教会の問題が浮上して、世論調査ではおよそ6割の人が国葬に反対。この一方向にすぐ流れる感じ、情緒的な振れ幅って何なのだろう>(2023年9月12日の日本経済新聞のネット記事)と話しているけど、これは中心への侵入を許しやすい中空構造の欠点によるものかもしれない。

賛成か反対かを明確にしないとカッコ悪いし面倒くさいから、無関心とカッコつけてしまう。でも、大体において物事には良し悪し両面ある。だから熟考の末の結論なら「どちらとも言えない、どちらでもいい」で良い(むしろその方がよいのかもしれない)のでないか。

<中空構造が対立物の微妙なバランスの上に成立しているためもあって、われわれ日本人はすべてのことを言語的に明確にすることを嫌う傾向をもつ。日本語そのものがそのような特性をもつことは、多くの先賢が指摘しているところであるが、すべてをどこかで曖昧にし、非言語的了解によって全体がまとまってゆく。>

<力も働きももたない中心>を維持する主役であろう一般ピープルがすべきことは、自分の主義主張に重きを置くことではなく、社会の動向に関心を持ち良く考えること、<西洋的な目によって批判するのではなく、日本の現状をともかく的確に把握すること>かもしれないね。
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