しの

グランツーリスモのしののレビュー・感想・評価

グランツーリスモ(2023年製作の映画)
3.4
実話ベースだからこそ一直線的な話を躊躇いもなくできるという意味では気持ちの良い映画だった。逆にいうと、凄みはこれが実話ベースだという所にあるのであって、映画自体の面白さはただ流れていくだけという感じ。唯一キャラクターとして印象的なジャックは架空の人物というのがなんだか虚しい。

ストーリーラインは『ロッキー』からの伝統芸なのだが、より効率化されている。父親と反目した後に主人公にレースの魅力を語らせるためだけに出てくるヒロインとか、実は主人公の言ってることが正しかった! の答え合わせが直後のシーンでされるとか、あれよあれよという感じ。

加えて、キャラクターに関してもほぼテンプレートな配置で、たとえば初めバカにされていたメカニックとの関係性が変化して……みたいなドラマもない。前述のとおり、唯一印象的だったのが架空人物のジャックで、ここにドラマ成分は担わせたのだと分かるが、それもデヴィッド・ハーバーの魅力だし。

となると目玉となるのはレースシーンだ。確かに、ゲームのUIと重ね合わせる演出は面白い。ただ、あえてなのか分からないが、シミュレーションから実際のレースへ移行したときのギャップが意外なほど映らない。レース版トップガンという呼び声もあるが、「実際に乗り物に乗っている身体性」の有無の点で全然異なると思う。もちろん「現実ではイレギュラーが発生する」ということを主人公が実感するシーンはあるし、そこが大きなプロットポイントになってもいるのだが、個人的にはそれを運転席でのリアルな緊迫感で味わいたかった。前提にそういう実感があってこそ、ここぞというときにゲームのようにライバルたちを抜いていく軽快さが活きるのではないかと思う。主人公の勝利ロジックなんかも、教科書的な伏線回収で気持ちいいところではあるが、もっとこう「何回もシミュレーションしているからこその経験値の差」みたいなところが具体的に描写されたら良かったのにと思う。結局、コース取りのラインが見える演出に全部収まってしまうのは勿体無い。

あと気になるのは、単純にグランツーリスモというゲームを愛している人はやや蚊帳の外なのではないかという点。この主人公の場合は「才能があるのにチャンスがない」人物だったんですよという話なのに、そこは深掘りされないし、彼がリアルレーサーになることが人々に夢を見せることになるという前提で進むのは違和感がある。

とはいえ、135分が非常に効率よく進んでいくのでちゃんと面白い。ただ一方で、これほど「事実は小説よりも奇なり」を体現したようなエピソードもないというような題材を、あえて「みんな大好きテンプレート小説」に変換して(退行させて)しまうようなインスタントな作りになっているのは惜しいとも思うのだった。
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