ヨーク

愛しのクノールのヨークのレビュー・感想・評価

愛しのクノール(2022年製作の映画)
4.1
ずっと観たかったんだけど、ちょっと前に公開されたときは上映回数が少なくて時間が合わずに泣く泣くスルーすることになったのだが先日都民の日の一日限定で特別上映されたので何とか観ることができました。上映してくれた都写美には感謝しかない。いやー、東京都写真美術館のメインであるはずの写真の方の展覧会は年に1、2回しか行かずに完全に映画の方がよく観ている気がするがまぁそれはいいか。
んで、本作『愛しのクノール』でしたが面白かったですね。これはかなり良かった。俺的にはかわいいということを改めて考えてしまう映画だったのだが、それは後で書くとしてあらすじ。主人公は10歳くらいの女の子なんだけど、母親が結構積極的なヴィーガンの人で家庭菜園で育てた野菜を日々食べてるようなご家庭なんですよね。その教育の甲斐(?)あってか主人公は友人の買い物に付き合って肉屋に行くと「うわー! 動物の死体を売っているー!」と騒いで当たり前のように店長に悪態を吐くような子供に育った。俺個人としては別に菜食主義だろうが何だろうが勝手にやればいいと思うが何となくムカつくガキである。そんなある日主人公の元に母方の祖父が遊びにやってきてしばらくの間同居することになる。だがその祖父は稼業が肉屋でヴィーガンである母親(おそらく因果的には祖父と仲が悪くなった結果ヴィーガンになったのであろう)とはソリが合わない。主人公も最初は祖父に反発するのだが、かねてより切望していた子犬を飼いたいという希望に対して祖父が子ブタを買ってきたことにより彼らの関係に変化が…というお話ですね。
タイトルにもあるクノールというのはその子ブタの名前なのだが、いやはやこのクノールが本当にかわいいんですよ。本作はストップモーションのアニメなのだが実写にも手書きやCGアニメにも出せない質感でクノールのかわいさが溢れまくっていて実に素晴らしい。そのビジュアル面だけでも素晴らしいのだが、本作のクノールの描写は正にかわいさの本質って感じでそこが凄い映画でしたね。
かわいいっていうことは何なのか、俺の中では結構な謎の一つだったんだけどそれに一つの解を与えてくれたのは幾原邦彦だったんだすよね。それというのは彼の監督作である『輪るピングドラム』でのマスコットキャラである三羽のペンギンに対するコメントで語られていたことなんだけど、いわく「東映時代にアニメ(特に子供向けの)には主人公の相棒的な動物とかのマスコットを配置しろと教わってそれに従って三羽のペンギンを作ったが、そのペンギンは何の役にも立たなおい存在にしようと思った」というこコメントなんですよ。幾原はさらに続けて、やや俺の意訳も含むが「何の役にも立たないということが重要で、仕事があるとそれが存在価値になるが三羽のペンギンは何もせずにただかわいいだけだ」と言う。つまりかわいいということは何もしなくていいということなんですよ。逆に言うとそのかわいい存在に対してこちら側が何かをするときには何も見返りを求めることはない。例えばそれは赤ん坊と同じである。赤ん坊が仕事をしなくても誰も怒らないでしょう。そして赤ん坊に対してオムツの交換とかご飯を食べさせるとか、何かをしてあげるときに何らかの見返りを期待してそれをするわけではない。もちろん、両親に雇われた人間が赤ん坊の世話をする場合はそこに金銭が発生するがそれは両親からの委託業務に過ぎず赤ん坊が支払うわけではない。
つまりめちゃくちゃ簡単に言えば俺がしっくりときた幾原邦彦的な「かわいい」とは無償の愛の象徴なのである。ただそこにる、というそのことが許される存在。まぁ『輪るピングドラム』におけるペンギンたちはもう少し重層的な描かれ方をしているが、本作におけるクノールという存在は概ねそういう描かれ方をしていると思う。端的にそれを表しているのが作中で頻出するうんこ描写であろう。あ、言い忘れてたけどこの映画はめちゃくちゃうんこが出てきます。何だよそのうんこ推し…ってなるくらいに各シーンにうんこ描写がくっついてくる。でもそれもそのはずで、上記したように本作で迫ったかわいさというのが存在の全肯定というならば赤ん坊のそれがそういうものだと受け入れられるように、クノールのうんこもかわいさの一部として、それがまき散らすものも生命そのものとして許容してしまうんですよね。
そしてそのかわいい対象には「見返りを求めない」からそれは本作の主要なテーマである肉食とヴィーガンとの問題にもかかってくるわけだが、本作が最も素晴らしいのはそれらの諸要素が全部ちゃんと子供の目線から描かれていることだと思う。それだよな。子供がブタと触れ合って、肉屋のジジイとも触れ合って、そこがどっちも生々しく子供的に楽しかったり面白かったりすることはそのまんま子供的な感性で描かれているのである。そこで描写されるブタとは対極に位置するジジイの描き方とか本当に素晴らしかったな。ジジイはかなりめちゃくちゃな奴なんだけどギリギリで大人の感性持ってたりするのもよかったですね。この世界にはかわいさも醜さも同時に存在している、というのはよくある言い回しかもしれないけどそれがここまで子供の視点で描かれているのが本作が最高の映画である理由の一つだろう。
いやー、良かったですよ。中々大きい劇場で上映されたりはしないだろうけど、ストップモーションのアニメとかは一度名作として定着したら絵本のように定番になって事あるごとに上映されたりもするから本作がそのポジションにつけることを祈ろう…。皆様も機会があれば観てください。ほんといい映画だから。
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