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落下の解剖学のmplaceのレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.2
自分の母語とは異なる言語を話す外国に住んだ経験のある人なら分かると思うのだが、言語の壁によって必然的に人間関係や社会生活において何らかの有利不利が生まれたりする。フランス人の夫とフランスに住むドイツ人のサンドラが夫と英語で会話をするのは、それが2人にとっての共通言語であり、一つの歩み寄りでもあり、家庭の中でのコミュニケーションでは公平でいられるからである。しかし外では肩身が狭い思いをしなければならないのはサンドラだ。また、2人にとっても英語は母語ではない以上、自分達が伝えられる内容の解像度は当然母語と比べると低くなる。それが時にフラストレーションとなることもあるはずである。

しかし例え同じ母語を話していたとしても感情が支配する喧嘩ではうまくお互いの気持ちを分かち合えなかったり、理解することを拒否してしまうこともあるだろう。
また、心にもないことをうっかり相手に言って傷つけてしまったり、例えそれが直接犯罪に繋がるような内容でなくても保身の為に些細な嘘をついてしまうこともある。人間関係が壊れる瞬間というのは、そのような嘘からくる相手への不信と、小さな不平不満のかけらの蓄積が爆発することによって起こるものだが、双方のどちらにどれだけの非があるかないかというのは、サンドラが法廷で発したように長い夫婦の歴史のほんの1ページでしかないやり取りだけを見聞きして、その夫婦関係が如何なるものであるかを他人が定義するのはほぼ不可能に近いのである。家庭の数だけルールがあり、自分の常識は必ずしも他人の常識には当てはまらない。しかしその定義もまた曖昧である。

この作品に登場する法廷シーンにおいては、そのジャッジする側とされる側の双方の心理の動きの危うさを主観と客観のぶつかり合いにして細かく描写されていたのと、その中でも子供であるダニエルの最後の証言が一番客観的であった点が印象深い作品だった。あと、犬の演技の素晴らしさよ。

ドイツ人俳優のザンドラ・ヒュラーにとっても自分の母語ではない英語とフランス語の両方を操りながらあれだけの演技を仕切るのは並大抵のことではなかったと思う。
今後の活躍も楽しみな女優です。
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