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落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.2
 フランスの人里離れた雪山の急斜面にひっそりと佇む山荘。自宅で学生からインタビューを受ける妻はご機嫌だが、3階で屋根裏部屋のリフォームをする夫の姿は見えない。然しながら50CENTの『P.I.M.P.』のカヴァーであるBacao Rhythm & Steel Bandの音楽が爆音で流れた時点で明らかに苛立っているのだとわかる。しかし夫婦の関係性は1つの瑕疵により、永遠に描かれることはない。従って雪山に転落死した夫の主張は永遠に現れることはなく、残されたのは男の妻であり、ベストセラー作家として知られるサンドラ(ザンドラ・ヒュラー)と視覚障がいのある11歳の息子だけ。事故か自殺かそれとも殺人かとあるが、事故の可能性は早々に消え、自殺か殺人かでとあるベストセラー作家に夫殺しの嫌疑が掛かり、国中の好奇の目に晒される。まさに「死人に口なし」を地で行くパターンである。裁判はファクトの積み重ねで疑念を払しょくするものだが、妻は夫への献身的な愛が証明できなければ情勢は不利になる。11歳の愛する息子の手前、迂闊なことは話せない。そんな消極的な態度で無実の罪を証明せんとした主人公の元に、裁判の過程で次々に予期せぬ事態が巻き起こる。

 女と男の関係性は、例え結婚していたとしても常に厄介な方向へこじれて行く。同業者であれば尚更だろう。前半部分の息子の視覚障害の描写に不穏な何かを観た人は正解で、その傷ましい事件こそが夫婦関係を決裂させる素地になったことは想像に難くない。そしてスヌープという名のボーダーコリーの挙動に今作の情動は隠されていると言っても過言ではない。かつてイギリス留学中に知り合ったドイツ人とフランス人のカップルという互いのルーツの違い、そして田舎の山荘に引っ込んだ夫婦関係。あっという間に容疑者に成り果てて行くサンドラと11歳の息子とは裁判の間、裁判に関する一切の話をすることを禁じられる。そこから先は視線の交差だけが唯一の肝なのだが、サンドラの視線を11歳の息子はまったく享受出来ないのだ。後出しジャンケンで次々に提示される新証言の後ろめたさにはうわ~マジかよ的な主人公の諦念に同情の念を禁じ得ないし、赤の他人はフィクションとフィクションとを繋いでもっともらしい真実を紡いで行くのだけど、マスコミの公開処刑による遠隔操作ゲームは好奇の目を肥大化させるが、実子と母親との絆は永遠で、ミステリーの深淵すら容易に突破して行く。フランス語と英語を駆使しながら、母親の機微を紡いで行くザンドラ・ヒュラーの演技は真に見事で隙がない。
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