ブルームーン男爵

ポトフ 美食家と料理人のブルームーン男爵のレビュー・感想・評価

ポトフ 美食家と料理人(2023年製作の映画)
3.7
カンヌ国際映画祭カメラ・ドール(新人賞)とセザール賞新人監督賞、ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞している名匠トラン・アン・ユン(ベトナム生まれ、12歳で渡仏)がメガホンを取り、本作でカンヌ国際映画祭監督賞を受賞したという話題作。

小説「美食家ドダン・ブーファンの生涯と情熱」が原案であり、実在の人物の美食家のドダンと、その料理人のウージェニーの物語である。とにかく料理シーンが多い。フランス料理の巨匠のピエール・ガニェールに指導を依頼したそうで、芸術的ともいえるフランス料理の調理風景は見もの。

さらに本作が凄いのは、ドダンの語る芸術的な料理の表現であり、ガストロノミー(食事を芸術や文化レベルまで到達させた理論)である。料理のコースは味、風味、香り、質感、外見、提供される順番、物語性など、全てが揃って一級なのである。料理をソナタに比喩したり、そのアナロジーを駆使したドダンの言葉がとにかく美しい。森の中の豪華な館も美しい。

本作ではその対比としてユーラシア皇太子の晩餐会が酷評されるが、この描き方が後進文化批判のようにみえ、個人的には好きではなかった(ユーラシア皇太子がどこの国かは不明だが、風体からオスマントルコ帝国だと想像される;俳優はアルジェリア出身のフランス人Mhamed Arezki)。豪華なだけの料理を振舞う滑稽なフランス人成金を描けばいいものを、わざわざ文化圏を称した架空の国の皇太子を持ち出す合理性はなんだろう・・・。

なお、ラストに流れるピアノの「タイスの瞑想曲」は最高の選曲!こちらの曲はオペラ「タイス」の間奏曲なのだが、娼婦「タイス」と修道士「アタナエル」の破天荒な恋物語なのだ。淡く切ない旋律は、タイスが生きてきた「俗」の世界から、「聖」の世界へと入ることを決意する信仰の受容という決定的な心理を描写している。生活の糧としての料理は俗であるが、それを崇高な芸術の聖域にまで昇華したドダン。そしてドダンとウージェニーはオペラ「タイス」の主人公とも重なる。若干ウージェニーが、魅惑的で、ファム・ファタール的に描かれていたが、オペラ「タイス」のエッセンスを少々まぶしたかったのだろうかと勝手に勘繰っている。

ただ素晴らしく上質な映画ではあるのだが、物語に動きがなく単調で、それでいて136分は長過ぎる。後半は寝ている人のいびきが聞こえてくる始末。。私もまだ続くのかと何度も時計を見てしまった。。せめて120分程度だったらと思うのだが。。

フランス料理・フランス文化に興味がある人にはオススメしたいが、料理シーンを見続ける忍耐力がないならオススメしない。。

(追伸) ちなみに、ナプキンを頭にかけて食べるシーンがあるが、オルトランである。香りを堪能するためにナプキンを頭からかける。現在だと捕獲制限もありなかなか食べれないようだが、当時は美食家の間で食べられていたそうだ。