Shelby

PERFECT DAYSのShelbyのレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.9
狂おしいほどに懐かしく感じた日本の生活がここで描かれていた。もしかしたら、多分そこで1番泣けたのかもしれない。

なるほど確かにパターソンと似た匂いを感じる作品。恐らく母国の作品であるという点を差し引いたとしても、個人的にはこちらの方に胸を打たれた。そして自分でも驚く程に泣けた。パリ、テキサスの同じ監督という事実を頭に入れた状態で鑑賞したが、いやはや脱帽ものでした。

何も劇的なことは起こらない、ただただ、日常を切り取っている。けれど、やる事は変わらないが少しづつ何か違うことが起きる。ああでもこれね、本当に働いている社会人にとっては共感でしかないなって、劇場でただただ深く頷いていた。

職場の同僚の若い子のパワーに宛てられたり、思いがけない姪っ子の来訪があったり、よく行く馴染みのお店の女将といい感じだったり。同僚がトんだせいで予期せぬ残業が発生したり。
繰り返す日常も、少しづつ違って似たような日はあるけれど、1日たりとて同じ日はない。

そんな中で、平山は口数も少なく、同僚の若い子からも「何考えてんのかよく分かんない」と言われる始末。人との接触を避けてるようにも見えるが、生きていく中での最低限のコミュニティには所属している。毎日を凪のように過ごし、丁寧に淡々と過ごしているようにも取れる。だが、中盤で起きる家族の出来事で平山の感情が揺らいだシーンで、おかしな話だが少し安堵した。ああ彼にも彼の「過去」があって、それが繋がって「今」を生きているんだなと。実感できたシーンだったからだ。
何があったのかを多くは語らない、補足もない。ただそれでいい。それ”が”いいという表現のほうがしっくりくる。普段感情を表に出さない平山が堪らずくしゃりと顔を顰めて涙を浮かべる姿は見ているこちらも堪らなかった。

何者であろうとなかろうと、取り留めのない毎日を精一杯に生きるしかないのだ。そして、何が幸せなのかを決めるのは自分だ。他人では無い。SNSで他人の生活を覗けるようになった現代で、自分の幸せや心の豊かさを確立していくのはとても難しい。けれど平山の生活は至ってシンプルで、整っていて、きっとこの生活になるまでに至った経緯が沢山紡がれてきたのだろうと自然と彼の過去に思いを馳せた。

今、このタイミングで、そして日本の生活を恋焦がれている状態で見て良かった。
感慨深い気持ちのまま、秋空のひやりとする空気を肌で感じる帰路は、最高に気持ちよくてこの時間は、何にも変え難いものだった。久々にリアルから少し離れられる貴重な時間を心ゆくまで楽しんだ気がする。

最後の役所広司の長回しは圧巻である。
カセットテープから流れる”Perfect days “を聴き目に涙を溜めながら微笑みを携えて運転を続ける平山の姿がただひたすらに尊くて、愛おしく思えてしまった。何か曲に思い入れがあるのか、はたまた誰かのことを思い返していたのか、理由は出てこない。そしてそのままエンドロール。しかし完璧な締めくくりだった。そのシーンの間、ずっと涙がとめどなく溢れてきてしまった。

完璧な日々は、自分で作るもの。
そして作れるもの。自分にとっての幸せとはなんなのか。他人がいいと言っているから自分もその生活が幸せと感じるかどうかなんてバカバカしい。人は生まれ、やがて死ぬのだから。私は私の人生を生きようと、そう思えた。
また、なにか大切なものを映画を通して学ばせてもらった。

だから映画ってやめられない。
一日の終わりに幸せだと感じながら床に就く今日に感謝と、この作品を作ってくれた全ての方に敬意を送りたい。
Shelby

Shelby