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歴史は女で作られるのukigumo09のレビュー・感想・評価

歴史は女で作られる(1956年製作の映画)
4.1
1955年のマックス・オフュルス監督作品。ドイツで生まれた彼は舞台俳優から舞台演出家を経験した後、映画監督として1930年代にデビューする。ユダヤ系であった彼はナチスの迫害を逃れるために、『恋愛三昧(1933)』以降は拠点をフランスに移す。フランスだけでなくイタリアやオランダでも映画を撮るが、1940年にナチスのフランス侵攻が始まるとアメリカに亡命する。アメリカではプロデューサーとの衝突などがありなかなか映画製作できない時期もあったが『忘れじの面影(1948)』や『無謀な瞬間(1949)』など忘れがたいメロドラマやフィルムノワール作品を撮っている。その後フランスに帰ってからは、運命に弄ばれながらも力強く生きる女性たちを持ち前の流麗なカメラワークで描いた『輪舞(1950)』『快楽(1952)』『たそがれの女心(1953)』という非の打ち所のない快作を連発する絶好調の時期であった。
そして満を持して最高のタイミングで作られたのが本作『歴史は女で作られる』である。オフュルス監督にとって初のカラー作品でありシネマスコープの大作ということで、絢爛豪華で極彩色のセットが目を引く贅沢な作品となった。しかしパリでの初公開時に興行的に芳しくなかったために製作者(出資者)側が、オフュルス監督の休暇中にずたずたにカットして短縮版を作ってしまう。オフュルス監督や作品を擁護していた批評家時代のフランソワ・トリュフォーとジャック・リヴェットはオフュルス監督にインタビューし、それを彼らの同人雑誌「カイエ・デュ・シネマ」に掲載するが、オフュルス監督はほどなくして亡くなってしまう。こうして映画史上いくつかある「呪われた傑作」という称号を『歴史は女で作られる』は獲得するのである。その後1960年代に映画プロデューサーのピエール・ブロンベルジュが権利を買い取り、本作の撮影監督であったクリスチャン・マトラに助言を受けながら修復に着手する。ブロンベルジュの意志を受け継いだ娘ロランスはシネマテーク・フランセーズなどの援助を受けて、1955年に公開されたものと同じ長さを取り戻し、現在のデジタルリマスター版が完成する。それが映画祭等でお披露目されたのは2008年ということなので、呪いが解けるまで半世紀以上かかったことになる。

本作の主人公でマルティーヌ・キャロルが演じたローラ・モンテスという人物は実在のクルチザンヌ、つまり高級娼婦である。美貌の踊り子ローラ・モンテスは特権階級の男たちに近づき、金や名声や自由を得ようとする野心的な女性だ。しかし物語は彼女がサーカスに身を落とし見世物となったところから始まる。サーカスの団長(ピーター・ユスティノフ)が出てきて、彼女の数奇な人生を語る見世物をご覧あれと口上を述べる。
そして彼女の恋の遍歴が回想として描かれるのである。作曲家フランツ・リスト(ヴィル・クヴァドフリーグ)との馬車でのイタリアへの牧歌的な旅路や別れ、雪山で道に迷ったときに出会う学生(オスカー・ヴェルナー)などさまざまな立場の男たちとの出会いと別れを繰り返してきたローラ・モンテス。一番印象的なのは、バイエルン王ルートヴィヒ1世(アントン・ウォルブルック)の愛人になった事だろう。1948年革命の最中、国王が外国人のローラを重用しすぎることに反発した市民が暴徒化し、国王にローラの国外追放を要求し認めさせる。そして国王自身も退位することになるという歴史的事件の中心に彼女がいたのだ。ちなみにルートヴィヒ1世の孫であるルートヴィヒ2世は「狂王」として有名で、ルキノ・ヴィスコンティ監督の名作『ルートヴィヒ/神々の黄昏(1972)』など多数の映画化作品がある人物である。

本作はサーカスの場面は豪華に作り込まれた色鮮やかなセットで、回想の場面は美しいロケーションで、いずれも流れるようなオフュルスタッチで描かれる女の情念の映画だ。トリュフォーやリヴェットが愛した本作への世間の無理解に対する怒りが、ヌーヴェルヴァーグ誕生の一つの要因と言っても過言ではないだろう。歴史を動かすようなローラ・モンテスの恋路を描いた本作は、半世紀の時を超え、呪いが解けた今こそ観るべき作品である。
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