さすらいの雑魚

プーチンより愛を込めてのさすらいの雑魚のレビュー・感想・評価

プーチンより愛を込めて(2018年製作の映画)
4.0
名古屋シネマテークにて『プーチンより愛を込めて』を観る。
ウクライナ出身の監督が撮ったプーチン大統領のドキュメンタリー。実に今な映画。エリツィンから後継指名をされ大統領代行に就任してから1年間のプーチンを描く。監督がロシアの国立テレビ局勤務の時代に撮った未発表の素材2018年に編集し完成させた作品。
2014年のクリミア併合の時点でマンスキー監督の政治的な立ち位置は鮮明で、クリミア併合に反対し、いまやロシアに立ち入ったら即逮捕の身分とのこと。
あのロシア軍の芸術的な非対称戦と、プーチン大統領の政治的奇術の前に為す術の無かったウクライナと西側諸国の様子を目の当たりにした絶望感のなかで、本作を完成公開に持っていった監督の胆力は凄い。プーチン案件は普通に暗殺とかあるから、本気で命懸けの決断と製作だったはず。敬意しか無い。
さて、本作のこと。
プーチンを狂人として描いてません。
溌剌としたプーチンの好奇心に輝く瞳。若ハゲが玉にキズだがイケメンでエリートな若い狼のシャープな知性と尽きぬ行動力。祖国復興に挺身する最高指導者の姿に、君は理想の政治家を見て魅了されるやもしれない。
だが、エクソシストを思わせる劇伴が、2023年の未来人たるボク達に彼の本性を思い出させる。
映画は、劇中でプーチンと笑い合ってる初期スタッフの面々が野党に転じ彼の下から去っていった事を淡々とテロップする。
映画は、民主主義の素晴らしさと民主主義国家の指導者たるを誇るプーチンを映す。
映画は、ソ連国歌の復活にこだわるプーチンがマンスキー監督とサシで語り合い説得に務める姿を映す。
そして映画は、先代大統領のエリツィンが彼を『赤だ』と吐き捨てる姿を映す。
映画がスクリーンに刻む、友人も恩人も踏み台にし、必要なら切って捨て前進する、怜悧で冷酷な力の政治家プーチン。
歴史の針を逆回転させ栄光のソビエト連邦を取り戻すべく密謀を張り巡らせ、孤軍奮闘する彼の姿には、それでも狂気は無い。
だが、世紀末に世界史を代表した政治的知性が旧時代の白昼夢を追い迷路を彷徨った果てがどうなったか、私達は知ってる。
2018年の映画は、悪夢の予兆を示した。
2022年の私達は、ウクライナ戦争の勃発に驚き、よもやの核戦争の足音に戦慄しつつ『抑止戦力を特別警戒態勢に…』と告げるプーチン大統領のアナウンスを聴いた。
2023年の君や私は、いまだ悪夢のなかに在る。
この悪夢が狂人の暴走で狂気の沙汰なら、狂人を除去すれば正常に復するだろう。
だけど祖国を愛し国家に尽くす、合理的で有能な政治家の渾身の努力の果てが、二十年を超える独裁と核戦争だと言うなら、こんなに恐ろしい事は無い。
彼の狂気が保証されないなら、我々の正気はだれが保証してくれるのだろう?

名古屋で、本作のような良質なドキュメンタリーを気軽に地元で観る機会が、これからどんどん減ってゆく。そんな哀しい予感の気鬱な日曜日でした。