針

夜明けのすべての針のレビュー・感想・評価

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
4.1
正直あんまり自分の好みじゃなさそう……と思って行くのをためらってたんですけど、かなりよかったです。いい映画だと思いました。
PMS(月経前症候群)に苦しむ女性と、パニック障害を抱えた男性、ふたりの交流を静かに描いた作品。

まぁいわゆる「現代社会の生きづらさ」を描いた映画のひとつ、ではあるんですけど、それを描いていく手つきがよかったなーと。
・まず彼らの生きづらさが、ちゃんと描写はされつつも必要以上にショッキングには描かれない。でもってその生きづらさがバネになって劇的にストーリーを駆動していくようなタイプの作品でもない。
・主人公ふたりの感情も、それを見守る人たちの感情も、直接言葉で示すのではなく身振りや省略などを交えてやんわりと語られてく感じ。
・主役ふたりの交流の描かれ方から感じる、人間関係というもののゆるやかな捉え方の感触みたいなもの。
……このへんの重なり合いから、現代社会からこぼれ落ちてしまいそうになっている主役ふたりをやんわりとやさしく見守るような映画になっていて、自分はけっこう胸打たれたなぁ……。

展開上の目を引くようなアイデアはまぁ皆無と言っていいのではないでしょうか。愚直と言いたいくらい丁寧で抑制された演出がこの世界観に説得力を与えているような気がします。題材自体に既視感があっても、描き方によって「物語」そのものも違ったものになるんだなーという当たり前のことを思ったりしました。「星」を使ったまとめも柔らかいし。ユーモアも一貫して肌にやさしいし。上白石萌音と松村北斗も上手なんじゃないかなぁ。

もっとも、これはちょっといい環境すぎるとか、当事者的にはどう見えるのかなども一応なくはないかも。ただそれは別の問題という気もするし、多少ファンタジックに思うところがあっても自分はこのやさしさのほうを取りたい気持ちです……。ひさしぶりに人間肯定的な気持ちになれました。おすすめでござんす。


(補足。生きづらさを生んでいる病気に真っ向からぶつかって克服するみたいな物語じゃなくて、そこからゆっくり回復するのを待つ時間の過程を映画にしたことがこの作品の一番の創意かもしれません。分かりませんけど。)
針