『レーサーであればリスクを負っていることは承知のはずだ』
F1も知らない。セナのことも知らない。知らないのにアツくなれるドラマがここあった。
天才レーサーのアイルトン・セナ、その危険に満ちた人生の栄光、ライバル出現。スポンサー、政治、金の絡んだ要望に応えるライバルの反面、セナは徹底的に勝ちにこだわりリスクを冒すレースをし続けた。
レースの危険性を理解したつもりが、死の不安に襲われる。葛藤し、それでもレースに戻ってくる彼は、まさに神に『召命』されてしまった男であり、今作は「ハート・ロッカー」「マイレージ、マイライフ」それらの作品群と重なる『選ばれてしまった男の物語』でした。
----------------------------
セナがどんなことにも『誠実』だったというのは、劇中、彼の母親の証言にありますが、彼は勝負事であるレースに対して誠実すぎました。
今作を見て最も驚くのは、関係者のインタビューが音声のみで挿入されていることです。当時の生々しい状況解説は音声のみに留まり、膨大な記録映像がドラマチックに編集されストーリーになる。あくまで主人公が映えるよう、ずっとセナが画面で動いている。
ライバル、技術が敵になるレースというスポーツの面白さ、死のレースの前の自問自答、そしてやはり『好敵手』と書いて『友(とも)』と読む友情。なんてアツいドラマなんだ。
レースをやめたい、でも自分には才能がある、神はセナをコールしてしまう。セナは神を信じていた。
最後、画面に映るのは彼が純粋に楽しみ生きている様子でした。偉人アイルトン・セナの人生に冷たくもリスペクトを注ぎ込み、命を与える、彼が動いている!
これこそ、活字では決して表現し得ない映像でこその表現だと思ったのです。