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君たちはどう生きるかのhasisiのネタバレレビュー・内容・結末

君たちはどう生きるか(2023年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

1940年代の日本。太平洋戦争のただ中。
小学校6年生の眞人は、火事で母を亡くした。
父は母の妹である夏子と再婚し、眞人は工場と共に母方の実家へと疎開することに。
妊娠中の夏子とぎくしゃくし、学校ではいじめ。
屋敷で1人遊んでいると、夏子が1人、森に消えてゆくのが見えた。

監督・脚本は、宮崎駿。
2023年に公開されたファンタジーアニメ映画です。
※ネタに触れながら感想を書いています。⚠️

【主な登場人物】🏹🖼️
[青サギ ]覗き屋。
[インコ大王]王。
[大伯父]実母の大伯父。
[キリコ]ばあや。
[勝一]父。
[セキセイインコ]侵略者。
[夏子]実母の妹。
[ヒサコ]実母。
[ペリカン]搾取する者。
[眞人(まひと)]主人公。
[ワラワラ]想像の分子。

【感想】🧹👵🏻
宮崎監督は、1941年生まれ。東京都出身の男性。

第81回のゴールデングローブ賞で、アニメ映画賞を獲得しました。

「雑想ノート」
国民的な監督で、膨大な資料がある。日本中で話題にされる人物であり、すでに考察が終了しているので、出す気はなかったのだが、
アカデミー賞が迫ってきたからだろう、無意識にメモをまとめはじめて夜中の2時。
朝の起床は気絶しそうに辛かった。
まるでテストの前日のようだ。

そもそも、宮崎はとっくに皮が剥けているので表裏の概念がない。常に本音で、すべて隠さず喋っているので、わざわざ書くほどの内容でもないが。
これでアニメ部門は、日本未公開の『ロボット・ドリームズ』以外はすべて埋まるので。

NHKのドキュメンタリー「ジブリと宮﨑駿の2399日 - プロフェッショナル 仕事の流儀」に関する内容も多く含みます。
宮崎が『未来少年コナン』と重なって笑えるし、高畑の思い出で泣ける。
毒や厳しさが排除されて、長く楽しめる良作です。
(本編より面白いかも)

君たちは~、なんて大げさなタイトルをつけるから、説教臭いのかと身構えれば、少年時代の振り返りだった。

[眞人(まひと)]🩹
主人公であり、青春時代の宮崎の投影。
いいとこのお坊ちゃん。
木刀を振り回して、弓を射って攻撃的。
笑わなくて暗い。いつも不満そうにしている。一見すると、あんまり関わりたくないタイプだが、心根はいい奴だし、まじめなので頼りになる。

頭を石でかち割って、一旦は悪に染まるが、
亡くなった母が残した小説『君たちはどう生きるか』に感銘を受け、夏子を救うための英雄として生まれ変わる。
青サギライダーのスーツを着用すると、サギ男と区別がつかなくなるので、片面刈り上げのお洒落仕様に。

『君たちはどう生きるか』📓
1937年に出版された吉野源三郎の小説。
主人公、コペル君は裕福な家の息子で15才。
日常の出来事を観察し、叔父さんがそれを社会科学でノートにまとめ、アドバイスしてくれる。

素養のある人に向けて書かれた、英雄を育てるための教育論。
子供時代の素朴な疑問と気づき。それを、大人の目線で振り返っている。
後悔、理想論、引っ込み思案。
世の中の当たり前に疑問を持つ大切さと同時に、
社会構造を紐解くのに夢中な作家が、考えるだけでなく、経験することの大切さを自身に訴えかけている。

行き先に迷う無垢な宮崎少年にとって、北斗七星の役割を果たしていたのだろう。
コペル君と叔父さんの関係は、影響を受けやすい宮崎と、学のある先輩、高畑との関係にも通底している。

[夏子]👘
父の再婚相手で、実母であるヒサコの妹。
姉妹は同じ容姿で同じ声。
自他境界線の薄さの極み。
『バービー』では、大勢のバービーをべつの女優が演じていたが、宮崎の場合は、年齢の積み重ねで躊躇いがない。
実母は亡くなっているが、目の前に存在している。
この辺の曖昧さの弊害として分かりやすい娯楽性は薄まるが、
その分、あの世に片足を突っ込んでいるような危うい感覚が得られる。

[キリコ]⛵
7人のばあやの代表。
守護天使の役。
モデルは、アニメーターの保田道世。ジブリの色彩を担当していた人。
朝ドラ『なつぞら』に登場した森田桃代(ももっち)のモデル。
アニメは初期段階で色を決める必要がある。
単純に説明すると、背景と同系色でキャラを塗ると、光学迷彩のように溶けてしまうので、浮き立つように配色しなくてはいけない。
我々が、森の緑の中を走る少年をまったく違和感なく識別できるのは、彼女たちの功績によるもので、重要な役割を果たしている。

上の世界だと高年で、下の世界だと中年。
眞人を守るための武器、高年だと箒、中年だと鞭を装備している。

日本のコミュニティが崩壊する以前、子育ては老婆の役割だった。
仕事の第一線を退き、かつて子を産んだ経験がある女性。人生経験を多く積み、枯れた女性が余裕をもって、手のかかる子供を育てる。
キリコは眞人の世話を焼く育ての親であり、中年期と高年期を担当している。

[青サギ/サギ男]🦢
下の世界へと誘うナビゲーター。
モデルは、プロデューサーの鈴木敏夫。
宮崎が現代でも通用するほどの作家性を手に入れた要因である、漫画家経験を提供した人物。
鈴木は、宮崎を子供向けアニメに引き留める役割も果たしている。
クラリスにナウシカ。
当時、周囲のオタクの熱量が上昇するのを肌で感じていたので、いかにアニメにおいて美少女が重要なのかを知った。

すでに宮崎の周囲では仲間たちが亡くなっているので、劇中では1人で門番から仲間まで、多くの役割を担当している。
メーヴェでもあるが、年をとっているので飛ぶのもやっとだ。

青サギが世間体で、サギ男が本音。
本音と建て前の二面性をヴィジュアルで表現してある。
着ぐるみと中の人のように、殻が破れて中身が出てくる。
サギ男は、無口な眞人の代弁者でもある。

[下の世界]🌊
屋敷の裏山には塔が建っている。
その下には広大な海が広がっていた。
ユング的な解釈だと、深層世界に広がる母なる海。
空を含めて、様々な表情を見せるが、穏やかな印象を受けた。
ポニョの海とよく似ている。

想像の世界。
想像とは経験によってつくられる物語であり、思い出でもある。
古典を読んだ際に、一瞬で中世の時代に旅立つように、ここには時間の概念がない。

自他境界線が薄いだけでなく、現在と過去の境界線も薄いことが判明する。
亡くなった高畑に話しかけるのは、生と死の境界線が薄いため。
いなくなったけど、いつも側にいる。高畑が死んだ時に、宮崎の一部も死んだ。
そのため、通夜が中々明けなかった。

インコ帝国。
飛行機の代わりにペリカンが出てくる。
アライグマの代わりに大量のインコが出てくる。
飼うのが億劫で、無責任に野に放つから、外来種が増えてしまった。
日本の在来種であるサギは住処を追われ、絶滅寸前である。

[ヒミ]🔥
火事で亡くなった眞人の母、ヒサコの少女時代。
ヒロインであり、炎の魔女。
眞人の義母である夏子の姉。
冒険終了後は、自分の時代へと戻ってゆく。その後、成長してやがては眞人の母になる。

下の世界に居続けると永遠の時を生きられるが、眞人は生まれない。
もどると、火事での死が待っている。
火事から母は救えないが、時間を越えて、神隠しにあった少女時代の母を上の世界へと誘う。
眞人に連れられて戻ったヒミはやがて母となり、英雄・眞人に影響を受けて『君たちはどう生きるか』を息子・眞人にプレゼントするので、命が循環している。
ヒミのハグ。
亡くなった母の痛みから眞人を救済するためのメンタルケアでもある。

[大伯父]🪨
塔を建てた人。
モデルは高畑勲。
『火垂るの墓』の監督であり、
スタジオジブリのもう1人の設立者。
下の世界を維持するために後継者を求めている。

公開当時はてっきり、高年期の宮崎の分身で、庵野に向けたメッセージだと思っていた。
あながち間違いとも言い切れないのは、願望や無意識を含めて、あらゆる思いが溶け合っているから。
動画に収められた本人の声=答えではない。
観た者が好きなように解釈すればいいし、映画の考察には明確な答えなど存在しない。

大伯父は、下の世界の最奥で積み木を積む仕事をしている。
不安定で、いまにも崩れそうな積み木の塔。
モデルである高畑は、思想を反映したアート映画を製作。納期も決めずに、ジブリの予算を湯水にように浪費する。
理想を追い求めるヒモ旦那であり、宮崎がジブリを支えるための妻の役を担っていた。

大伯父に勧誘されるが、眞人は「悪意を感じます」と断る。(うろ覚え)
『バービー』の時に書いたが、自他境界線が薄いので、
完全に受け入れて高畑の分身になるか、突っぱねて無垢な自分を維持するかの2択。
受け入れる=“ジブリの塔”の崩壊を意味するので拒むしかない。
劇中では、突っぱねる役をインコ大王が担っていた。

本来は受け入れるほうが楽だし、気持ちいいのだが、愛する人のために仕事である「子供向けアニメ」の製作に徹した宮崎の生きざまが反映されている。

🌱積み木を1つ持ち帰る。
大伯父の後継者は拒否したけど、影響力の欠片を持って「上の世界」へと戻ってゆく。
受け入れるか、拒否するかの2択の価値観で生きてきた人が、
ここに来て「1個ぐらいだったら」と、数の概念に目覚める。
世界に1個しかなかったホールケーキが、切り分けられた瞬間。
誰もが持つ人生の大きな課題をクリアした姿を見せられて、うるっとした。
「これが観られたら終わりでもいいな」って気分に。

幕引きでは外来種への心情も示されて晴ればれ。心地いいエンディングだった。

【映画を振り返って】🪆🐦
『失われたものたちの本』🐺
2006年出版。
アイルランドの作家、ジョン・コナリーによって書かれたヤングアダルト向けの青春小説で、本作の元ネタと言われている。

この本を読むと、キャラの配置から役割分担まで、何を目指していたのかよく分かり、パズルのピースが填まっていくような感覚が得られる。
同時に、映画がいかに混迷を極め、上手く描けなかったのかも。
冷静に考えると、インコ帝国や大伯父への流れが唐突。
連載に追われる少年漫画状態だ。

無意識が生み出した妊婦がさらわれる要因である、
父と義母の間に生まれる子への嫉妬を隠して、強がるのは監督の個性としても。
母の影響で物語にどっぷり浸かった少年の個性を排除すると、童話の世界へ入ってゆく理由と整合性が取れない。

プロットはほぼ同じで、
・義母の実家への疎開。
・本による目覚めと、命の循環構造。
・童話の集合体である異世界。
・危険なよそ者の増殖。
・後継者を求める異世界を支える人物の存在。
など、原作と呼んでいいほど内容は一致している。

密着ドキュメンタリーで裏の事情を知り、宮崎の思いに感動して再評価。
それから、影響を与えた2冊の小説を読み、「どうやったらこんな映画が出来上がるんだ」と、冷静さを取り戻した。

🚬青春時代の振り返り。
虚構と現実の記憶が入り交じっている。
名場面を生み出す切っ掛けとなった画集や、人生における印象的なイベントの掘り起こしが行われているので、過去作の総集編のようでもある。
スピルバーグの『フェイブルマンズ』と同じで、観客を喜ばせるために意図的に過去作を再現しているのだろうが。
スパロボ的なつくりの『失われたものたちの本』の影響が1番大きいだろう。

🏝️子供向けアニメと、アート映画の融合。
日常だけでなく、異世界に足を踏み入れてからも時間がゆ~くり流れてゆく。
わたしも年を取ったので、他人に感想を聞くまで気づかなかったのだが、
確かに盛り上がりには欠ける。
にぎやかなものより、静かな映画を好む人向けではある。

『風立ちぬ』の時は2回とも寝てしまったのだが、本作の場合はしんと静まり返った場面でも集中力が研ぎ澄まされてゆくようで、眠くはなかった。
きっと職人の苦悩より、子供向けの冒険の方が好きなのだろう。

有名絵画の中に迷いこんだような世界が広がっていて、エンタメの理論とは別軸が浸食している。
理由は、もう大金を稼ぐ必要がないからだろう。
好きなように解釈して、好きなように楽しむ。
大人と子供。趣味と仕事が溶け合った夢と現実の世界。
それは、愛する人に先立たれて生きる意味を失い、自由を手にいれた巨匠が描く、孤独で果かない、ありのままの世界。
映画の仕上がりに疑問を抱くのは悪いことではない。
今を生きる我々のポケットにもジブリの積み木が1つ入っている。
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