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マイ・エレメントのしののレビュー・感想・評価

マイ・エレメント(2023年製作の映画)
4.0
基本はストレートなロマンスだが、それがめちゃくちゃ丁寧な語り口と豊かなアニメーションで描かれるのが素晴らしかった。ドラマの要所要所で人と人の文字通りの「化学反応」が映し出されるので、”手が触れ合うかどうか“みたいな何気ない動作も一大アクションになる。すごい発明。

ロマンスが重要な要素を担うピクサー作品としては『ウォーリー』があるが、あちらは冒険やミステリーの要素もあった。一方、本作はたとえば水漏れの原因を探る話の結末がああなるあたり、今回は“そっち”に行きませんよという意志を感じた。『ズートピア』ではなく、あくまで移民二世のミニマムなドラマが主題なのだ。

確かに、四元素を扱っているのに火と水だけにフォーカスするのは勿体無いと思うかもしれないが、自分はむしろこれで良いと思った。水は白人富裕層、火はアジア系移民……という階層構造が明確にあるわけで、であれば当然この話に関わらない中間層もいるはずであり、その方が自然だろう。

もちろん『ズートピア』を期待するとあまりのシンプルさに面食らうかもしれない。差別や偏見、マイクロアグレッションをも描いているが、それはあくまで移民二世の個人的な経験談の一部として扱われていて、主題は「想いを伝える」という所にある。これはこれで重要なアプローチだろう。というか、差別を扱う作品として厳密に見てしまうと「火はこういう理由で社会の隅に追いやられている」みたいな理屈づけがロジカルすぎる(現実はむしろロジカルでない思い込みや偏見が問題だったりする)ので、あくまで包括的に異人種・異文化コミュニケーションの寓話と捉えるのが良さそうだ。

ストーリーとしては、「店が再開できる!」「やっぱ無理かも」の行ったり来たりで展開させるのがやや一辺倒に思わなくもなかったが、その過程でめちゃくちゃ自然に時間をかけて2人が接近していくドラマ描写の巧みさのほうが印象深かった。特に今回、ピクサーお家芸の表情芝居の付け方は神がかり的だ。

そしてやはり『私ときどきレッサーパンダ』や『EEAAO』との共時性は興味深い。多様な出自を持つ監督がメインストリーム作品を手がけるようになった時代の趨勢を感じる。各々が独自のアプローチで個人の経験と社会の問題を繋げ、エンターテイメントに落とし込む様は大変面白いし、そういった作品が生まれる土壌が羨ましい。

そして何より、改めてアニメーションって凄いなと思わされた。液体とか気体のレベルで抽象化されたキャラクターに感情移入できるのは驚異的だし、エレメント・シティが生まれ発展してきた歴史をちゃんと街の機構やディテールから感じることができる。アイデアの惜しみない奔流と匠のテリングを堪能した。

※感想ラジオ
【ネタバレ感想】これがピクサーの本気!恋愛映画を再発明した『マイ・エレメント』 https://youtu.be/J6W22XhLb88
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