しの

名探偵コナン 黒鉄の魚影(サブマリン)のしののレビュー・感想・評価

3.1
上映ギリギリまでコナンの単行本を席で読んでるようなコナンオタクたちが上映後に揃って「ありがとう…ありがとう……」と呟いていた。良くも悪くもそういう映画。コナン映画の方向性として個人的にどうかと思うのだが、それはそれとして公開初日の夜にコナンガチ勢の嗚咽サラウンドを堪能しながら鑑賞するのもクセになってきた。

製作陣が語るコナン映画の黄金比は「キャラクター>アクション>ミステリー」な訳だが、今回はどう考えても「キャラクター>>>>>>>>>>>>>>>>>アクション>ミステリー」。もうここまで来るとキャラ萌えインフレが心配になってくる。やりすぎてファンは不感症になっていかないか?

つまりこういうことだ。黒の組織がなにかしようとするとコナンと灰原がいい感じになるわ、色んな組織の協力者が助けてくれるわ、ついでに黒の組織の内部からも色んな人が助けてくれるわであらゆるキャラに萌えられるという仕組み。今回はその極致だった。黒の組織はキャラ萌え発生装置でしかない。これだけならまだしも、今回は面白いキレ方をするジンとか、中間管理職ウォッカとか、既読スルーされるピンガとか、謎の平社員メンバーとか、黒の組織そのものもやたら卑近な感じになっていて萌えられるという点で、これまでと格が違う。黒の組織の連携の取れてなさとか、”正体がバレるかも“という根幹に関わるピンチの処理の仕方とか、原作を読んでいれば分かるとかどうとかいう問題ではなく、「シリーズとして”それくらいのノリ“でいいの?」の問題になっている気がする。もうみんなで馴れ合ってるだけだ。

確かに、老若認証システムの設定自体は切り口として巧い。「灰原とコナンの正体がバレるかも」というシリーズ根幹に関わるピンチがそのまま「善意から生まれたはずの技術革新による功罪」というテーマに繋がるからだ。おおいいぞいいぞ! と思っていたら、結局そのピンチがどうでも良くなってくのでズッコケた。

一応、功罪の「罪」の部分として開発者の父親が狙われるくだりだったり、終盤で犯人がトリックに利用する展開があったりするが、前者はエンドロールでああなるし、後者はしょうもなさ過ぎて矮小化にしかなっていないので、そもそも製作陣がAIやら何やらに興味ないんだなとしか思えず。

要は「悪用されるかもよ?」の話にケリがついてないのだ。それに対する回答として今回のパンチライン「子供の言葉や行動で〜」(=善意が勝利するはずだという願い)があるのだろうが、それを作品全体で示すような見せ方になっていない。となるとただ都合よく事態が終息した感しかない。例えば、今回は「過去にコナンに助けられた人が助け返してくれる」という構図が反復されるので、これをうまく使って欲しかったところ。キールの行動、ベルモットの行動、そしてクライマックスの灰原の行動など、全部そこに繋げれば「それでも人の善意を信じる」を主張できた気がする。なのにキャラ萌えだけに走るから締まらない。

一番残念なのは、あのパンチラインを言う灰原自身は誰に人生を変えられたのか? という点を明言してくれないことだ。“言わずもがな“ということなのかもしれないが、そこは本作の核になるのだから描写が必要だろう。コナンや蘭、少年探偵団との日常をフラッシュバックで見せるとかしてくれよ! こういうことをせず、終盤はコナンとのアレコレ(というかサービス展開)に全力で舵を切ってしまうから、やっぱり作品として締まらない。自分はあれこそ製作陣がファンに寄り過ぎた結果だと思う。何とは言わないが、スター・ウォーズEP9の悪夢が蘇った。

そしてトドメを指すかのようにエンドロール後で「結局パシフィック・ブイはこうなります」があるのだが、いやそういう問題なのか? 何も解決してなくない? という。まあいいのか、コナンの正体がバレそうになったら“謎の力”でそいつは消えるから……いいのか?

前作『ハロウィンの花嫁』は「(絶対に避けられない)キャラクター萌え要素を作品テーマに活かす」路線を開拓できていたと思うのだが、本作がそれに続く気が全くないのは不安だ。あの方やベルモットの正体云々の匂わせは分かるが、単純に黒の組織メンバーの連携が取れて無さすぎて、老若認証をどうしたいかすら全然食い違ってるので、普通に単体で観たら混乱する気がする。それならもう最初から魚雷でぶっ壊す話にすればいいのではと思ってしまった。アクションやミステリーが申し訳程度でも、その構成さえできていれば満足できるはずなのだが……。

そんな中でもひとつ良かったのは、「黒の組織回(いつも以上に話をプラマイゼロにするしかない)×オールスター回(キャラを持て余しがち)」という組み合わせにも関わらず、虚無展開があまり生まれていないこと。少なくとも『純黒の悪夢』で安室と赤井が殴り合う謎展開みたいなものはないし、コナン映画でも随一のカッコよさではないかと思うOPから始まり、それなりに緊張感を持って走り抜けられる。

ただキャラ萌えの捌き方が上手くなっていくのはいいが、そうなると冒頭で述べたようにキャラ萌えのインフレ勝負になっていくしかないし、そもそも今回だって関係性や経緯が分かっていないと割とチンプンカンプンだ。ファンをいかにキャラ萌えジャンキーにしてリピートさせるかの勝負。キツそうだ。

とはいえ、このキャラ萌え全振り路線で100億いったら逆に納得するというか、今までやってきたことが報われて良かったねとも思う(そして実際いきそうな気配がかなりある)。しかし自分はコナン映画のような、ファンが求める要素を入れて「面白い感じ」さえまぶしておけば当たり続けてしまう化け物コンテンツにこそ、大衆を映画の「面白さ」に引き込むキッカケとなってくれることを期待していたし、そういうことができるポテンシャルはあるシリーズだと思っていたので、この路線で続けられるとしたら寂しくもあるのだ。

※感想ラジオ
【ネタバレ感想】ファン悶絶?ここまでやる?キャラ萌えに振り切った『名探偵コナン 黒鉄の魚影』
https://youtu.be/Ve41HgISJnc
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