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それでも私は生きていくのhasisiのレビュー・感想・評価

それでも私は生きていく(2022年製作の映画)
3.5
フランスの首都、パリ。
通訳の仕事をしているサンドラは、夫に先立たれ、娘を1人で育てる未亡人。
教師をしていた父は、アルツハイマーの症状が進行して目が離せない。
忙しさに追われる日々を送っているが、
放課後の娘をお迎えした帰り道。旧友のクレマンとばったり再会した。

監督・脚本は、ミア・ハンセン=ラヴ。
2022年に公開された恋愛ドラマ映画です。

【主な登場人物】🗼🥖
[エロディ]妹。
[クレマン]旧友。
[ゲオルグ]父。
[サンドラ]主人公。
[フランソワーズ]母。
[リン]8才の娘。
[レイラ]相棒。

【感想】👧🏼🎒
ハンセン=ラヴ監督は、1981年生まれ。フランス出身の女性。
長編8作目で、カンヌやベルリン国際映画祭など、賞の常連。
刺激的な娯楽性は抑え、家族と恋愛に絞ったリアルな作風。
心を揺り動かされた記憶を明るく映像化することで、幻想的に書き換えてくれるような魔力を帯びている。

🧓🏻〈序盤〉📚🪑
35ミリフィルム。
パリでも前作『ベルイマン島にて』のように明るくて淡い映像だから、好きな色味に調整しているのだろう。
絵が綺麗でぼんやりして癒される。

アルツハイマー病の父親の介護、子供の世話、恋人の相手、仕事の苦悩。
欲張りで世話好きな監督の求めるものがすべて入っている。

映像の穏やかさと裏腹に忙しなく、スケジュールがギュウギュウに詰め込まれた日常。
頭の切り替えと、場への適応力が高くて付いていけない。
切り取られた展開が唐突で、時々驚かされるから声が出そうに。
情報が多すぎて、逆に眠くなる人はいるかも。

🧓🏻〈中盤〉🏥🛏️
うちの近所や親の友人にも呆けている人がちらほらいるから、すぐ隣の出来事。
年をとるほどに、記憶障害が現実味を帯びて心に迫るものがある。
弱々しい父の姿が悲しくて息がつまった。

生前整理。
ミニマリズムが好きな監督が、マキシマリストの後処理を延々と流す皮肉。
愚痴やストレス発散は創作の原動力になるだろうから、やむお得ないが。
価値観の違いを責められているようで、胸が苦しい。
実際は、単に見る側の無意識が作り出す罪悪感かもしれない。
この辺、明確に言語化されていない魅力がある。

わたしは「立つ鳥、跡を濁さず」で、出来るだけ身軽にしておきたい派だけど、捨てられない物も多い……。

🧓🏻〈終盤〉🎄🦽
親の生きた道を引き継ぐ。
命のバトンが感じられる映画らしい視覚的な演出。
執着のないわたしのような人間だと、考えもしないような視点だから刺激的。
心が美しい。
世間に毒されずに純粋な魂が保存されている。

再生。
苦痛から一時解放され、終わりを盛り上げてくれる。
よくこれだけ日常の風景だけで構成できるものだと感心させられた。

【映画を振り返って】👨‍👩‍👧🫧
「日常」と「社会との融合」という前作と真逆のテーマ。
前作の魅力が「社会からの隔離」「旅行」「好きな映画の歴史」だったので、本作にはじめて触れた時は愕然とした。
慣れれば、情報の洪水が気持ちよくてぐいぐい引き込まれる。

きっと描きたい内容を記したメモが大量にあり、相性のいいもの同士でくっつけて、2つに分けたのだろう。ダブりがないので、前作と対になっている気がする。

🎼だんだん遅く。
1幕は怒涛の展開。
子供を育てながら働く女性の忙しさを表現しているのだろう、行間は台詞で埋め尽くされ、展開はめまぐるしい。
ぼんやりする暇なく押し流される。

2幕はゆっくり、が気もちよくて珍しいタイプ。
つめこまれた内容を把握し、慣れただけもしれないけど。
心地いい。

3幕はさらに速度が遅くなる。
慌ただしさから解放され、本来の丁度いい速度に落ち着く。
だが、脳が速さに慣れてしまった頃に定着するので、もっさりした印象に。
小津安二郎の映画が好きらしくて、昭和の家族ドラマを見ているようなトリップ感がある。

🦋変化。
リアルな日常の物語だが、きちんと展開してゆくし、絵変わりするように計算されている。
ただ、幕ごとの落ちがワンパターンなのと、監督の好きな曲が流れて時空が歪むのがちょっと。
それ込みでの映画体験であり。時代に流されず、興味があるものだけを追求する唯一無二の存在なので、早々に新作が体験できた喜びはある。
終盤はとくに誰もが体験するイベントのオンパレードなので、記憶が蘇る装置として機能するので便利だ。

アルツハイマーの症状が刻々と進行する様は心にくるものがあった。
生きながらにして見知った父との別れを悼むようなもの。
映画製作に救われているという、監督の思いが少し理解できた気がした。
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