おっと~!!ハリウッドの良心、トム・ハンクスの顔芸が決まったぁ~!😆
病室でナースコールボタンを連打するトムにおっとり~🤩
~リメイク味くらべ(リメイク)~
この物語は、前半で主人公オットーの頑固で面倒くさい老害老人が全開で進み、しだいに彼の過去がフラッシュバックで明かされつつ、後半はハートウォーミングな展開となる。
昨今のポリティカル・コレクトネスに配慮していると思わせる点など、オリジナルとくらべ滑らかになっていて、よりエンターテイメントに軸足をおいたことがうかがえた。
後述のとおり、RottenTomatoesのトップ評論家たちの評点はオリジナルのほうが高いが、自分が知り合いにオススメするとしたら、こちらのリメイクのほうかな。
ちなみに、オットーの病室で、近所の女性が産気づくシーン。
ラテンのリズムでほー!ほー!と呼吸法をやってるときに、オットーがそれに合わせてナースコールボタンを連打する。
あの連打しながらの抑えた顔芸こそが、トム・ハンクスの真骨頂だと思う😂
‐トム・ハンクスの吸引力が凄い
もちろん、オリジナルの主人公を演じたロルフ・ラスゴードも非情に良い味を出している。
正直リメイク版のトム・ハンクスと甲乙つけがたい。
なんだが、うん、やはりトム・ハンクス。
役者が一枚上か。
吸引力が凄い。
オットーに会いたくなった。
常に眉間にしわを寄せ続けながらでも、どことなく優しくみえる、どこかしらおかしみを出せる技量は、トム・ハンクスならではか。
‐それが起因なのか、トップ評論家たちの評点はオリジナルよりもリメイク版の本作のほうが低い
今現在RottenTomatoesのトップ評論家たちの評点は、オリジナルが91%(Fresh認定)であるのに対し、リメイクは50%と高くない。むしろ低い。
トム・ハンクスがこれまで演じた役所含め彼のイメージが今回のオットーキャラの阻害要因になっているようだ。
後半が生きるのは、前半の老害老人のシークエンスが鍵だが、トム・ハンクスではどうしても「ハリウッドの良心」的イメージがつきまとい邪魔をしてしまう。
要はトム・ハンクスでは、心底嫌な老人にはみえないと。
むしろ良い人にみえると。
なので、後半が予定調和になってしまうと。
‐オットーのキャラを中和するトム・ハンクス?
オットーは、車種はシボレーに限るとかこだわりポイントが強く、生活の細かいルールにも厳格。
納得いかないと、相手が誰であろうとすぐに噛みつく性分。
カスタマーハラスメントなんて言葉も彼の辞書にはないだろう。
SNSって何?
まさに古い時代の代表選手。
のわりには、妻の元教え子のトランスジェンダーには理解を示す面がある。
そこは理解はないだろうと踏んでいたから、拍子抜けしたというか。
昨今のポリティカル・コレクトネスを配慮したのだろうが、古い時代の頑固さが一気にトーンダウン。
結果、オットーは小難しい面も多々あるものの、言うことは正論だし、頭も良く、理解もある常識人の範疇という雰囲気をかもしだしてしまう。
加えてトム・ハンクス自身のくだんの良いイメージが、オットーという独居老人の渋みを中和してしまう。
‐評価は置いといて、視点を変えこれからの高齢化社会の”共助”の参考としてみてみる
スウェーデン版のオリジナルをみた際、映画があの国でヒットしたのはスウェーデンのお国柄だと書いた。
高齢者は子供世代とは住みたがらない国民性(独居老人が多い)
手厚い高度医療など社会福祉が充実した福祉国家
加えて隣人による共助ネットワークが裾野まで行き渡る生活様式
オットー(スウェーデン版の名はオーヴェ)のような、他人の頑固おやじが身近にいる社会
一方、日本は核家族化といわれて久しいが、サザエさん的なるものが根本にあって、日本の頑固おやじはホームドラマの座組でも必須キャラとなっていた。
他人の頑固おやじと親族の頑固おやじ。
両方ともリトマス試験紙のように何を付けたらどう反応するか比較的わかりやすい種族ではあるが、やはり他人と親族では扱い方、扱われ方が違う。
今後の(というかまさに今)日本の高齢化社会において、”他人の頑固おやじ”が身近に増えてきた際の参考としてみることもできる。
独居老人にまず物を借りる
→お礼に食べ物をあげる
→何か頼む
→そうこうするうちに仲良くなる
→一緒にランチや食事をともにするようになる
→一緒に出かけるようになる
独居老人に限らずだが、こういった隣人との絡み方は”共助”のあり方の基本かもしれない。
‐テーマは生きるということ
オリジナルとリメイク版の細かい差異を出すのは割愛するが、物語の組み方、後半の畳み込むような緻密に計算されたリメイク版のシークエンスは一流のエンターテイメント。
そして、より感じたのは、生きるということ。
人間誰もが死ぬという点では平等であるが、死の訪れ方は千差万別。
時として不条理、総じて不平等。
それが人生であると思っている。
肝心なことは、それでも生きるということ。
この映画の前半はオットーがこの世界から去ろうと手段を講じる。
それは幸か不幸か失敗に終わる。
その失敗が幸だと思えること、
そして世界に居続けたいと思うこと、
それこそが、人生なのだ。
(うわぁ、油断すると、ついつい良いこと言っちゃうのが自分の難点のど飴🤣)