スローモーション男

福田村事件のスローモーション男のネタバレレビュー・内容・結末

福田村事件(2023年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

 素晴らしい傑作だと思う。それと同時にこのようなことは決して忘れてはいけない。

 ドキュメンタリー映画の名匠、森達也初めての劇映画。

 1923年、千葉県にある福田村に朝鮮から澤田夫婦が帰郷してくる。
 一方、香川県から行商人一向が関東へ向かっていた。そして9月1日、関東大震災が起きてしまう。その時、人々は混乱のなかで朝鮮人たちが井戸に毒を入れ強盗をしているという噂を信じて…。

 実話ベースに仕上げながらも、登場人物たちの立ち位置や思想を明確に出して、最後の展開に持っていく。
 そしてこの関東大震災から今までの大正デモクラシーのような様々な思想の自由が完全にご法度になり、軍国主義やファシズムの日本になっていくのだから、その思想の自由を最後に見れる瞬間でもある。

 『この世界の片隅に』や『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のように結末が分かっているので、ダレるシーンも緊張感が漂います。

 まずキャスト陣が近年観た日本映画のなかで1.2争うほど素晴らしい。
 井浦新と田中麗奈の夫婦、永山瑛大、東出昌大、コムアイ、木竜麻生、向里裕香、ピエール瀧、豊原功補、柄本明など
 みなさん、素晴らしい適役なのですが、一番驚いたのは水道橋博士‼️
 はっきり言うと一番良い演技をしてたくらい美味しい所を持っていってました。

 このまだ村八分や噂が飛び交うような農村にあのデマがやって来て、疑心暗鬼になっていく。その時、どのような判断を取れるのかまったく分からない。
 
 
 行商人一向が福田村へやって来る。そこからの怒号の飛び交い。朝鮮人だと決めつけ殺そうとする者たち。冷静になれとなだめる者たち。それをどうも出来なくて立ち止まる者たち。
 あそこで澤田夫婦が弁解したのが良かった。自分が朝鮮でやってしまったことを償う形で声を上げる。しかし、その声も掠れていく。最終的に船頭の東出が「この人らが日本人だったらどうするんだ!」と言い、全員静まり返る。
そこで瑛大演じる行商人が言う「朝鮮人なら殺してもええんか!朝鮮人なら殺してもええんか!」
 しかし、その真実は消される。まさかの人物が殺してしまう。そこから虐殺が行われる。罪のない10人が殺され、止めようとしたものは何もできず立ち尽くす…。
 そして駐在が戻ってきて日本人だったことが分かるのだ。
 
時既に遅し
このクライマックスは唖然とし、心を引き裂かれたような感情で見ていた。自分も何もすることができなかった。

 映画では描かれてないが、虐殺を行った村民たちは起訴された。しかし、長年は隠蔽されてしまい、現在その福田村事件含め関東大震災の朝鮮人虐殺はなかったと一部の人々は勝手に言う。それは日本政府の議員や東京都知事もそのようなことを言うのだ…。

 今のほうがデマや隠蔽がされているのではないか…。また、そのような際に私たちは正しい判断ができるのだろうか…。この映画の恐ろしさはもっと噛み締めるべきだと思う。

 やはり森達也は悲しみの監督ですね。何もできなかった者たちの絶望を描いて映画は終わっていくのです。
 もう一度観るというのは辛くてできそうにないのですが、今年公開の日本映画で一番素晴らしい映画でした。