みや

パリタクシーのみやのレビュー・感想・評価

パリタクシー(2022年製作の映画)
4.5
「一年に地球3周も走るのに、楽しい思い出は、娘にせがまれて走ったイルミネーション輝くクリスマスのドライブの一回だけ」
タクシー運転手のシャルルの語る言葉のなんと重いことか。「タクシー運転手は自分に合っている」ともいうが、それはもちろん、周囲の人とうまく付き合うことができない自分を嘲る呪いの言葉。
成功している兄とはソリが合わない。娘が愛してやまない妻の実家を売却しなければならないほど金に困り、休みもろくに取れない。運転免許もあと2点で免停…。日常生活がうまくいってない彼の苛立ちは、観ている自分にもどこかしら響き合う。
そんな時に乗せた老婦人。
出会いは、クラクションを鳴らしたことへの叱責というマイナスからのスタート。早く距離を稼ぎたいシャルルなのに、この老婦人は急ぐことを目的とせず、遠回りになる寄り道を指示してくる。しかも、できればしゃべらずにいたいのに「幾つに見える?」と言ってめがねまで外す。
「歳をとった今も色気を忘れていないのか?面倒くさそう…。」そうなのだ。冒頭のわずかな時間で、気がつくと自分はすっかりシャルルになったつもりで老婦人を見ていた。
だから、その後、老婦人が92歳と聞くと、シャルル同様、素直にびっくりするし、面倒な寄り道にもキチンと意味があることがわかってくると、我々も、だんだん老婦人の人生の歩みに耳を傾けたくなっていく。

彼女は、自分が行動したことの責任は、全て自分自身で背負う。あんなに大切にしたいと願い、守ろうとしていた息子も、実は、彼女自身の行動が原因で、別の面から傷を負っていたことを知らされる。現代の眼差しで観ているこちらは、やるせなさがつのるのだが、彼女は決して「時代」そのものを否定しない。それどころか、時代を変えたきっかけの一つが彼女だったのにも関わらず、そのことを全くひけらかさない。
肉体的には、歩みがおぼつかず、トイレも近くて紛れもない老人である彼女なのだが、語られる言葉や行動は若き頃のままチャーミングで、シャルル同様、我々もどんどん彼女に惹かれていくのだ。

2人のパリの端から端まで、昼から夜までの小旅行は、それぞれの人間性回復の旅でもあった。
流れゆく景色の全てが美しく、ひとときの夢を共有した様な気持ちになる佳作。
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