えいがうるふ

ナワリヌイのえいがうるふのネタバレレビュー・内容・結末

ナワリヌイ(2022年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

揺るぎない信念と明晰な頭脳を持ち、ある意味天性の人たらしとも言えるナワリヌイ氏本人の魅力もさることながら、彼の活動を支えてきた優秀なスタッフによる秀逸な編集のおかげで、ただ単にロシアの政治史上見過ごせない重要な足跡となる事件の真相を伝えるだけでなく、国際スパイが暗躍するハリウッド大作さながらにエンターテイメントとしても成立してしまっている驚異の政治ドキュメンタリー。

プーチン政権を真っ向から批判し、その独裁者を脅かす影響力を持った活動家ナワリヌイ氏の毒殺未遂事件。その恐ろしい真相を暴くまでの関係者とのスリリングな攻防はフィクションとは思えないほど面白く引き込まれた。当然ながら台本のないぶっつけ本番で臨機応変にアドリブで切り抜け見事目的を果たすナワリヌイの豪胆さと賢さには舌を巻いた。
挙げ句、全く笑える事態ではないのだが、事件後についにノビチョクが検出された際、よっしゃこれで決定的証拠を掴んだ!とばかりにテンションが上がるスタッフと、さらにそれを知らされたナワリヌイ本人が昏睡状態から一気に正気を取り戻してプーチンの愚かさをいつもの調子で罵ったというエピソードには思わず笑ってしまった。まさに彼は祖国を愛しその現状をなんとか変えたいという使命に燃えるあまり、今まさに我が身がプーチンの謀略の犠牲となり大変な状況にいることも忘れ、その為政者の卑劣さと愚かさに呆れ憤ってみせるのだ。何があろうとブレないその信念の強さにはひたすら感服するが、もはやある種狂気すら感じた。そりゃあプーチンだって恐れる相手に違いない。

しかし、ただでさえ難しいそのミッションと、さらにそれを仲間と共に周到に準備して全世界のメディアでの同時発表するという秘策が見事に成功したことで、彼はその正義の力を過信してしまったのかもしれない。逃げも隠れもせず胸を張って帰国した彼を待っていたのは、彼が信じる正義やイデオロギーが全く通じないどころか、同じ文化水準の人間ならば当たり前に共有できるはずの良識すら存在しないヒトモドキの怪物がいまだに全てを支配する世界だった・・。

完全なフィクションでもなかなかここまで面白く作ることは難しいだろうに、これが紛れもない現実であり、現在進行形で今も続く悪夢の中に我々がいること思い知らせるシビアな結末にあっけにとられた。私と同じく彼の現況を知らずに観て、この「終わっていないエンディング」というまさかのオチに呆然とした人も多いのでは。

それでも私は、ナワリヌイ氏が信じた新しいロシアへの希望、その変革の可能性をまだ捨てたくない。この作品を観たからこそ、そう思う。
そもそもロシアの政情について国際ニュースのサマリー程度の知識しかない私には、ナワリヌイ氏の来し方行く末について私見を語れるほどその全体像を理解できていない。彼自身のこれまでの活動やその主張についても知らないことだらけだが、オスカー受賞をきっかけにこの作品を知った外国人の多くがそうなのではなかろうか。
だからこそ、この作品におけるナワリヌイ氏の見せ方として、完全に未来のロシアのリーダーとして美化してみせるのではなく、(ツッコミが甘いとは言え)ネオナチとの関係など気になる黒歴史にも一応触れているのはフェアだと思った。
なにより、プーチンともフェアに闘えると信じ、勇気と信念を持って愛する祖国に帰国した彼を、彼を待っていた民衆の力を、せめて信じたい。