ドント

ブエノスアイレス 4Kレストア版のドントのレビュー・感想・評価

4.0
 1997年。美しくも切ない映画でホワホワした。思い返してはホワホワしている。香港からの旅行先のアルゼンチンでケンカ別れし、ブエノスアイレスにてズルズルとその日暮らしをしている男性カップルの愛と反目と付いたり離れたりの時間を描く。
 当然ながら返還前の香港という地域、それに輪をかけて落ち着かないあろうゲイのカップル(なんせお国がイギリスから中国になるわけで、政治体制がまるで違う)の不安が色濃く出ている作品である。けれども、そういうポリティカルな面、あるいはクィア映画としての側面もきっちりありつつ、同時にふたりの孤独な魂の惹かれ合いとぶつかり合い、桎梏から自由な若者の物語としてとても深く刺さり、感じ入るものがあった。
 オシャレ演出はもちろんある。が、それと同時に生活感、もっと言うなら泥臭さ、さらに言うなら体臭のようなものが画面から漂ってきて、作り物でない空気と匂いがする。なんやったら「くっせぇなオイ!」くらいに匂いがある。たぶんあの部屋とか相当に臭い。この人間味をベースにして時折オシャレ演出やロマンティックな場面、詩情がこぼれるようなシーンが挟まるからこそ、作品全体が儚く美しく輝くのだと思う。
 しかしまぁ、ウォン・カーウァイ的なオシャレ演出というのは本人にしか使えないんだな、とつくづく思った。本人がやってもギリギリセーフなことがあるのだから、マネッコしたら大ヤケドするに決まっているのだ。台湾映画の素晴らしい部分を思い起こさせるショットや、一見平凡に見える男(トニー・レオンとかだけど)たちの顔の、ふつう故の美しさ、風景をバチッと切り取ってみせる映像などどれもこれも完全にすごく、これが行き当たりばったりかつ情緒ある恋愛物語とよく噛み合って作品を魔術的境地に高めている。4Kで観る滝のシーンの圧倒的力たるや物凄かった。本当にいい映画であります。
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