スワヒリ亭こゆう

ロストケアのスワヒリ亭こゆうのネタバレレビュー・内容・結末

ロストケア(2023年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

とても衝撃的な映画でした。
この映画を観るには高齢化社会や介護の現場に於ける現実と向き合う覚悟が必要な作品です。
決して他人事ではなくて、本作の問題提起と向き合う必要性が今の日本社会にはあると思いました。
そこまで分かった上で観ることをお勧めしたいですね。
善と悪に捉われず、そして本作の闇に飲み込まれない自信のある人に是非観て欲しい作品です。

42人を殺した介護士と事件を暴き苦悩する検事の話です。
法廷サスペンスの要素もありますが、社会派サスペンスとして見た方がしっくりくる作品ですね。

ある事件をキッカケにケアセンターで介護を受けている老人達が過剰に死んでいる事から、介護士・斯波(松山ケンイチ)の大量殺人を暴いた検事・大友(長澤まさみ)。
取り調べの中で斯波が語る日本の介護の現実を突きつけ、斯波は殺人ではなく救いだと語ります。

映画の前半部分、斯波の熱心な介護士として働く様子を見せる。それを見せつつ認知症、痴呆症の老人の介護の厳しさも同時に観客に見せてくるんです。

僕の父が脳梗塞の後から段々と痴呆症が進行して、よく分からない事を言い出してしまうようになりました。介護をしている母親もかなり大変な思いをしています。
映画と自分の親の事を思うと、とても複雑で困難な介護の現場は目を背けたくなる。
映画という現実から離れて楽しみたいと思っていると、この映画はしっぺ返しを喰らいます。
予め覚悟が必要です。

話は戻って斯波の殺人についてですが、彼が殺人をした動機は介護で限界だと判断した家族を救う為、また本人を救う為に殺します。(殺し方はここでは伏せておきます)
安全地帯にいる検事に、介護に疲弊した家族の苦しみは分かるのか?と問いかける斯波に対して、上手く反論出来ない大友検事。
このやり取りは殺人を肯定してしまうんじゃないかと思うぐらい衝撃的でした。

斯波が最初に自分がした殺人(彼の言葉では救い)は斯波の父親なんです。
介護士になる前に自宅で父親の介護をしていた斯波と父親(柄本明)。彼らのやり取りは決して他人事ではなくて、柄本明さんの演技は僕の父を見ているようで、涙が込み上げてきました。
殺人を肯定することを僕は出来ません。ですが、この映画を観ていると善悪では語れない現実というものを見せられるので、斯波のやった事にも同情せざるを得ないんです。
コレは監督もかなり悩んだんじゃないでしょうか?
斯波の殺人を肯定していいのだろうか?
またはそういう意味を観客に抱かせてしまうのではないだろうか?

だけど、何故斯波は殺人を続けたのか?という検事の問いに「バレなかったから」と言い出したあたりから、斯波に対して嫌悪感も抱かせます。このセリフは凄く大きい意味だと思います。
その他にも戸田菜穂演じる遺族の娘が法廷で斯波を人殺しと言って罵る場面も。
やっぱり殺しは殺し。人の命を勝手に奪って良い筈がないと思いました。
映画を観ていて自分の親や自分が殺されるのは嫌だというのはハッキリ断言出来ますが、救われる人もいるというのも残念ですが現実としてあると思いました。
42人を殺した男が10対0の割合で悪にならない。
その現実が日本の社会が原因だという事が悲惨だなと思います。

選挙の度に候補者は福祉に力を入れると必ず公約で言っていますが、その公約はどこへ?
岸田政権はこれから増税をして更に苦しむ人がいる。
高齢化社会や少子化対策。問題提起だけでは済まない時代が来ていることをみんなでもう一度考える必要性があると思います。
しっかり現実を描いているから今の問題が浮き彫りになってくる。そんな映画でした。