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やまぶきのnetfilmsのレビュー・感想・評価

やまぶき(2022年製作の映画)
3.6
 16mmで撮られた粒子の粗い映像は、ベルトコンベアーで運ばれる石材の純粋な運動の一部始終を見守る。この大規模なシステムの責任者であるユン・チャンス(カン・ユンス)が進行を注意深く見ているのだが、彼の顔は充実感に満たされている。かつては韓国乗馬界のホープだったユン・チャンスは、父親の会社の倒産で多額の負債を背負い、岡山県真庭市に流れ着いた。この地で彼は妻(和田光沙)と出会い、2人の間には娘が生まれた。今はヴェトナム人労働者たちとともに採石場で働いている。彼の苦しみの過程は何年続いたかは明らかにされないが、ようやく巡って来た幸せな日々に充実感が滲む。一方、刑事の父(川瀬陽太)と暮らす女子高生・早川山吹(祷キララ)は、交差点でひとりサイレント・スタンディングを始める。年頃の娘と刑事の父との関係性はギクシャクしていて、その原因には戦場ジャーナリストとして戦地を転戦した母の死があった。2組の家族はやまぶきの花で結び付いているというかあっと驚くところから強引に結び付けた山崎樹一郎の演出が凄い。少々強引ではあるものの、狭い町ではこのような不均衡は起こり得るのだと断言する山崎樹一郎の気概こそ買いたい。歪でも良いから、破綻していても良いから、私はこういうエネルギッシュな猪突猛進を好む。

 だが川瀬陽太が警察らしい倫理観を持たずに勝手に進みだした辺りから、幾らなんでもそれはないと思ったのも事実である。祷キララ扮する娘に彼が語り掛けた父としての言葉も、職業倫理に欠ける彼の決断のせいで結局は何も残らない。だが『パラサイト 半地下の家族』のような秀逸な川上から川下への構造を踏まえ、失礼ながら単なる田舎にしか見えなかった岡山県真庭市の風景の中で然るべき場所にロケーションを取り、撮影監督・俵謙太と自信を持って選び抜いた場所にどっかりと腰を下ろし、撮影された映像には力量と風格がしっかり備わっているのも事実である。日本とフランスの合作だからこそ狭い町の閉じた物語を今度は逆に世界の法則に訴えかけるラストも妙な余韻が残る。片山慎三の『岬の兄妹』以来の和田光沙と松浦祐也の再会も見所だが、私は何と言っても祷キララさんのサイレント・スタンディングを手助けしようとした彼氏の男の子(黒住尚生)が目に焼き付いて離れない。「資本主義と家父長制に潜む悲劇とその果てにある希望」という監督のテーマには直接関係ないこの場面があるのとないのとでは雲泥の差があると思った。はっきり言ってユン・チャンスと早川山吹とを統合させる脚本はあまりにも無理があるのだが、濱口竜介と同い年の山崎樹一郎監督の未来に大いに期待している。
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