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ケイコ 目を澄ませてのドントのレビュー・感想・評価

ケイコ 目を澄ませて(2022年製作の映画)
4.5
 2022年。大変に大変に、とてもよかった。映画館で観て本当によかった。おわり。としてもいいのだけどちょっと書きます。生まれつき耳が聞こえないケイコは、今日もボクシングジムへと通う。下町の小さな木造のジムで彼女は熱心に訓練をする。耳が不自由だというのに彼女はプロボクサーであり、デビュー戦で勝利している。毎日誰よりも練習している。そんなケイコの日々を切り取るドラマ映画。
 これは「人間、相手を理解したり心底わかり合えるということは無理でも、短い間、何かが通いあうことはあるかもしれない」という映画である。スポーツ映画であり、障害を持つ人の映画であり、また女性映画でもあるが、まず自分はそのように思った。
 この映画では音が鳴り続けている。登場人物たちや我々(の多く)にはそれは聞こえる。しかし主人公たるケイコにはその音は聞こえていない。それと同じように、ケイコの内面が語られたり、わかりやすく示されたりすることはほとんどない。まず彼女には台詞がない。このシーンで彼女がどう思っているか、などはまだしも、「耳が聞こえないのに目をやられるかもしれないボクシングに打ち込む理由」を登場人物たちや我々は知ることはない。時には無理をして強がっているようにも見えるし、本人も言語化していないかもしれない。
 しかし、だからどうだと言うのか。ボクシングとはとにかく型を習い、体の使い方を学ぶスポーツである。序盤、コーチとケイコ、双方が無言で、動きだけでコミュニケートし、ミット打ちが無言のまま成立し加速していく過程を観て、何だかわからないが涙が出て仕方なかった。「最低限の情報で人と人のやりとりが成立している」ことの美しさに打たれたのかもしれない。オーナーとの鏡のシーンもそうだ。トレーニングシーンは総じて素晴らしいし、日常や仕事風景の演出・積み重ね方も丁寧で、風景から顔、光と闇、無論カメラや音声まで、すべてのシーンが粒立って見える。
 これが「相互理解」だとか言うつもりは毛頭ない。しかし生活や人生や、あらゆるものが移り変わっていき、時にはうまくいかないことがあっても、「人と何かを交わした、かもしれない」と思えることは、限りなく尊いことではないだろうか。これはそういう作品だと思った。やたらと感想がポエジーになっているのは気持ちがワーッとなっているからであり、この作品のよさは我が駄文で伝わるようなもんではない。主演の岸井ゆきのは、国内外問わず称賛されてしかるべき演技をしている。よい映画を観ました。みなさんこれは、映画館で是非。
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