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大河への道のaiaiのレビュー・感想・評価

大河への道(2022年製作の映画)
4.0
「どうする忠敬(ちゅうけい)」というよりは「どうする関係者たち?」という人情コメディ
~偉人伝、偉人伝、でん・でん・ででん・でん vol1

今年の大河は「どうする家康」
家康のように歴史ドラマの常連さんはともかく、日本史のなかには名前は知られているが、案外その人生については知られてない人物も多い。

そんな人物のひとりが、伊能忠敬(ただたか)

伊能忠敬は、江戸時代、日本で初めて測量で精緻な日本地図を作った人物として、昔から日本史の教科書にも名前が載っている有名な方。
教科書だけではなく、歴史書のページめくると必ず出てくる。

でも、実は測量初めたのは50歳越えてからとか、4人の妻がいたとか、73歳で亡くなるも、死後3年はその死が世間に伏せられていた(!)、といった彼の人生は案外知られていない。

彼の業績はもちろんすごいのだけど、ほんとうに興味深いのは彼の人生かもしれない。

という話の流れからすると、この映画の主人公は当然、伊能忠敬ご自身のように思えるが、実は、主人公は伊能忠敬ではなく、その関係筋なのだ。

伊能忠敬が死んだ後の、弟子たちや関係者のバタバタを描いている人情コメディで、伊能忠敬は出てこない(正確には冒頭ちょっとだけ、白い布で顔を覆われ)

— 立川志の輔の創作落語が原作 —

志の輔師匠は昔からテレビでおなじみの顔だが、彼の創作落語は秀逸。
視点や題材への切り込み方が独特で、とにかく、どの作品も面白い。

いろんなところで公演されているが、特に、毎年正月に渋谷のPARCO劇場で、一ヶ月連続で落語をやっている、滝行みたいな(笑)公演がある。

これがもうチケットが取れない。
過去何度もチャレンジするも即完売で涙(なのでWOWOWでみてた)

ところが昨年の正月、ラッキーにもその公演のチケットがとれて行ってきた!!

そのときのトリの演目が、この映画の原作「大河への道」

「今年(2022年)、「大河への道」が映画化されます(中井貴一に口説かれて)」

 —会場拍手—

「自分もちょっとだけ出演することになりました」

 —会場さらに拍手—

といったような映画の紹介が師匠からあって、個人的にはこの映画化、非常に楽しみにしていた。

— 物語のシークエンス (現代と江戸)—

まず、現代の市役所が舞台になる。

主役である総務課主任の中井貴一を中心とした、市役所のメンツが、そのまま江戸時代の役を演じる。一人二役。

現代のあの人が、江戸時代にも登場し、性格が同じだったり、現代と似たような関係性もあれば、違った関係性になっていたりと、キャラ設定と関係性が面白い。

伊能忠敬(地元からは親しみをこめて、”ただたか”ではなく、”ちゅうけい”さんと呼ばれているらしい)は、日本史の有名人ではあるものの、まだ「大河ドラマ」に取り上げられたことがない。

町おこしとして、ぜひ、ちゅうけいさんを主役とした大河ドラマをやって欲しい。
そのためにはシナリオのあらすじを書かないといけないということで、ある脚本家に頼み込むことになるが、この脚本家がなかなか曲者で。。。

そのあたりから、時は江戸時代へスリップする。

冒頭にも書いたとおり、死後3年はその死が世間に伏せられていたということが物語のフックとなり、弟子たちや関係筋がどのような思いで行動したのかが、コメディタッチで描かれる。

人間50年というあの時代からすれば、今で言うところの定年後「セカンドライフ」というところ。
20歳も下の天文方の高橋至時に弟子入りするという、これも今で言うところの「リスキリング」
ほんとうはそういったちゅうけいさんのドラマも観たかったのだが、映画では、その高橋至時の息子である景保(中井貴一)が主人公となる。

中井貴一を中心に、名だたる役者陣が味のある芝居をする。
ラストはホロッとさせられた。

— 弟子たちや関係筋がその死を伏せた本当の理由とは —
(私的妄想ありm(_ _)m)

緯度一度の距離を測定できれば、それを360倍すれば地球の距離がわかるという興味本位がキッカケとなり、文字通り、足掛け17年、日本全国を歩いて測量し、73歳没。

話の流れだと、あの当時の測量は金食い虫で、時間も金もかかる。
死んだと知れると、しびれを切らした幕府が打ち切りするのではないかと恐れ、ちゅうけいさんの意思を継いで、完成するまで隠したというのだが。。。

「仮にも偽をせず、孝悌忠信 にして正直なるべし」

これは、ちゅうけいさんの家訓の第一番目。
とにかく正直であれと言うのが、すこぶる商才があり、商売で身を立てた彼の持論。
そんな師匠の考えを汲んだ弟子たちが、師匠の死を隠したという”不正直”さは、なんとも皮肉なもので、ちゅうけいさんからすれば、「君らいかんよ!」ということになるかもしれない。

考えてみれば、そもそも測量のモチベーションであった地球一周の距離を知りたいということから、17年もかけて地図作成したというのは、ちょっと引退した金持ちの道楽にしては行き過ぎたようにも見える。

「名声が欲しかったからではないか?」という主人公のセリフはあるものの、特に答えがあるわけではない。

個人的に考えるに、死後3年も隠し通すというのは、現場で収める範囲のレベルをとうに越えており、どう見積もっても上層部(幕府)まで知っていたと考えるのがリーズナブルかと。

だとすると、ではなぜ上層部含め、ちゅうけいさんの死を隠したのか?

もしかしたら・・・

ちゅうけいさん、幕府隠密の役割を担っていたのではなかろうか。。。(個人的にそう考えた瞬間、鳥肌たった笑)

表向きは”御用”という幕府の仕事ですよという御旗(みはた)を持って、諸国を17年もかけて歩き回る。
地図作成と藩を油断させるも、実は裏のミッションは藩に不穏な動きがないか、諸外国との密輸入などしてないか(そういった変な舟が沿岸に着いてないか)等を幕府に報告する役割を担っていたのではなかろうか?
と考えると死を隠すのも意味がある。

それは、諸国の藩を油断させないため。

実は、藩は藩で、忠敬一行が隠密裏ミッションを抱えていたのは承知のうえ。
死んだと知れると、もうこちらへ来ることもないだろう、安心して幕府打倒の算段ができると。。。
そういったリスクを回避するため、国がらみで彼の死を隠していたのではなかろうか?

— エイは四人目の妻 —

北川景子扮するエイは、物語では直接語られていないが、忠敬の四人目の妻。
そう、ちゅうけいさんは生涯、四人の妻をめとった。
妻の中にはその出自に謎がある女性もいたそうで、地方からの間者(スパイ)も紛れていたのではないか?
逆に幕府がその仕事ぶりを監視させるための間者である可能性もある。
忠敬は国家の機密を知っていたし、それをさぐるための、今で言うハニートラップめいたムードも漂う。
金持ちでモテる中年(いや、老人か)への嫉妬かもしれないが(笑)

などと、妄想めいた話になったが、ほんと歴史は面白いなぁと思わせてくれた映画だった。
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