トケグチアワユキ

こっち向いてよ向井くんのトケグチアワユキのレビュー・感想・評価

こっち向いてよ向井くん(2023年製作のドラマ)
4.6
ふたりで生きていくための離婚。
向井くんの妹 マミの放ったこの一言に、このドラマは象徴されている。

それでも結婚という制度と慣習を踏襲し、夫の家族の一員となり、子をなし育て、家を建て(あるいは守り)、親の老後に付き添い、一族の墓を守っていくなら、どうぞご自由に。
しかし、それは私の幸せではないと思っている人間が確実にいる。
ここにも。そしてもしかしたらあなたも。
今、その主張はやっと地上波の、あろうことか日テレのゴールデン/プライム帯で放送されるまでの声となった。

日テレをメインに見ているようなノンポリ(こんな死語、誰も知らないか...)で、善良な市民のみなさんには理解を越えていたかもしれないが、最後まで観てくれたなら感謝。
プロデューサーさんがんばったねぇ。


さすが在京キー局のプロデューサーはアタマがよくてさ、物語の骨子である制度と役割の無意識な固定化を突きつけられて、戸惑い右往左往する主要男性キャストに、徹底的に好感度の高い優しいタイプの俳優を並べている。
彼らが右往左往するところに視聴者は感情移入しまくる。
このキャスティングこそが肝だと思う。

未だパートナーのことを「嫁」だの「主人」だのいうことに何の疑問も抱かない、日本大好きな、日本語の使い方を知らない、当然を疑ったこともない善良な方々には、これぐらいのオブラートでも足りないかもしれないけどね。

すでに男も女もなくみんな働かなきゃGDPの維持どころか国ごと沈没しそうなのにもかかわらず、世界でいちばん変化に抵抗する国民(私は本気でそう思っている)にも、やっと〈ハラスメントの可能性〉だの〈性別による役割の固定化〉だのが意識として認識され始めて、このドラマを日テレ系列が全国放送してくれた。

もう男性が家に帰るとテーブルに食べるものが並ぶなんて時代はとうに過ぎた。
自分と子供が食べる分は自分で用意し片付ける。
できないなら飢えも渇きも引き受ける時代なんだよ。


このドラマの主人公は、実は藤原さくら演じるマミであり、パートナーのゲンキだ。
ふたりのズレがこじれにこじれ、ラスト3話で一気にほどけていくカタルシスこそがこのドラマの醍醐味と言えるだろう。
一方、マミの兄であり、形式的には主人公の向井くんとミツキの関係を中心に観ていたら、超ビミョーな気持ちになったはずだ。
それでいい。
ビミョーな気持ちを整理しようとすれば、否が応でも〈パートナーとは〉という命題に向き合わねばならない。
制作部の狙いはそこにあるはず。
もう恋愛はドラマティックに描くことさえはばかられる時代なのだ。
相手を思い、相手を意識すればするほど、手も足も出ない。ため息さえつけない。
親子でも夫婦でも恋人でも友達でも、関係はひとつひとつまったく異なる。
ものさしの目盛りはひとつひとつ単位が違う。
知ってしまったのだ。みんなが黙って同じ方向に歩いたって幸せは待っていない。
こっち向いてよって、言い合わないと始めることさえできないって。


最後に、劇伴音楽Fukushige Mariがすばらしい。
オープニングTM、エンディングTMの変奏が多いけど、完全オリジナル劇伴で聞きたいところ。
キャスティングでは、藤間爽子と穂志もえかと野村麻純、観られてうれしかった。