ちょげみ

機動戦士ガンダムユニコーン RE:0096のちょげみのレビュー・感想・評価

4.8
おお これは現実には存在しない獣だ。
人々はそれを知らなかったのに 確かにこの獣を 
ーその歩くさまや たたずまい そのうなじを
またその静かなまなざしの光に至るまでー
愛していたのだ


なるほどこれは存在していなかった だが
人々がこれを愛したというとこから生まれてきたのだ。
一頭の純粋な獣が。人々はいつも空間をあけておいた。
するとその澄明な 取って置かれた空間の中で
その獣は軽やかに頭をもたげ もうほとんど


存在する必要もなかった。人々はそれを穀物ではなく
いつもただ存在の可能性だけで養っていた。
そしてその可能性がこの獣に力を与え


その額から角が生えたのだ。一本の角が。
そして獣はひとりの少女に白い姿で近寄り
銀の鏡の中と 彼女の中に存在し続けた

R・M・リルケ『オルフォイスへのソネット』 第二部4

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この作品のシンボル、ユニコーン。
古来よりさまざまな寓意を持たされてきた伝説上の獣だが、ビスト家ではこれを可能性の獣と捉えている。

皆がその存在を信じ、愛することによって生まれた獣。
人々は存在の可能性だけでこの獣を養い、もはや実在するかどうかは重要ではなくなった。


『UC計画』の発案者、96年前に偶然に『ラプラスの箱』(連邦政府を根底から揺るがす力を持ったもの)を手にしたサイアム・ビストは、ある夢を見た。

「ラプラスの箱」を、それに託すに相応しいものに託し、あるべき未来を取り戻すという途方もない夢を。
そしてその夢を生涯をかけて追い続けた。
冷凍装置で寿命を延命させ、子や孫が自分より早く他界する中、醜い老人になっても玉座で君臨し続けた。

そしてようやく後継者たりうる者、自身の孫であるカーディアス・ビストを見つけた。
ジオン共和国の自治権が返還され、テロリズムがあったことなど、ジオンがあったことなど誰もが跡形もなく忘れる前に、『ラプラスの箱』を袖付きに渡し、箱が開くのを待つ。
これが二人の総決算である『UC計画』の全貌だ。

その計画はしかし、連邦の介入によって頓挫した。
そして死に体のカーディアス・ビストは自身の体を引きずって、連邦政府に奪われる前に『箱』の鍵たるユニコーンガンダムを破壊しに行く。
しかしそこにいたのはアナハイム高専の学生のバナージ・リンクス。彼の実の息子でもある。
オードリーを助けたいという一心でここまで来たというバナージにカーディアスは全てを託す。箱の命運を、自身の思いを。
「世界の重みを引き受ける覚悟はあるか?」
カーディアスの問答を、自分の刻み込まれたビスト家の因縁を抱えてバナージは進む。


今作品は、他の登場人物が血筋や地球の命運、組織、因縁などに縛られている中、目の前にいる一人ひとりの人物に耳を傾け、手を差し伸ばし、目の前の、人の持つ可能性を信じ続けているバナージ・リンクスの物語です。

彼が直面する現実は希望のない、絶望という檻に閉じ込められたものかもしれないけれど、バナージはそこから決して目を背けない。

富野由悠季が現場からいなくなったとしても
彼が作ったガンダムはなおも光り輝き、これからも人々に希望を与え続けることができるという可能性を示した傑作。

オススメです。



「わからないから描く。考える。これは人間だけに与えられた能力だ。
このタペストリーに描かれたユニコーンも、今聞こえている音楽も、目や耳から入ってその人の心に訴えかけてくる。
五感では感じられないなにか、いま現在を超える何か...。
それは神と呼ばれるものかもしれないし、人の願望が作り出した錯覚でしかないのかもしれない。
だが存在を信じ、世界に働きかけることができるなら、それは現実を変えることだってある。
わかるか、バナージ。人間だけが神を持つ。
理想を描き、理想に近づくために使われる偉大な力...可能性という名の内なる神を。」
ちょげみ

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