パイルD3

オッペンハイマーのパイルD3のレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.5
最近見た雑誌で米軍将校役のマット•ディモンが、「観客はこの映画を10回見て、その都度違う何かを得ることができます」と言っていたのが、謎なコメントで印象的でした。

《挑戦!10回見て得たこと》
•1回目:3/30
•2回目:4/6 ※欄外コメントに追加レビュー
•番外:4/16 News week誌4.16号
「オッペンハイマー特集」※欄外に記事アップ


更に、あちこちのメディアで、日本人への無配慮とか難解という言葉をかなり目にしましたが、アメリカ人にとって“原爆の父“と称せられ、実在した科学者が原爆を作る話というキーワードが掲げてあるし、いくらクリストファー•ノーラン監督が得意の時間軸操作をやっても、歴史はいじれないのでは?
…と無駄に先入観を巡らしながら、予備知識は“ほぼゼロ“のまま観に行きました。

【で、観終えてみると…】

真珠湾で日本軍がやったことは批難されて然るべきだし、被害の描写が無いという批判については、後半の主人公の描写からも私は何の問題もないと感じました。

なるほど登場人物はそれなりに多いし、セリフも多い、展開も目まぐるしいのですが、そこまでややこしい話でも何でもなく、唯一人物らが各々抱く善悪の考え方は、ラストを見てわかるようにワザと最後まで見極め出来ないように作られていたと思います。

そんな秘めた思いや、本音と建前の部分をドラマのサスペンスとして最後までクリアにしない仕掛けになっています。

センセーショナルなアトミックストーリーではなく、平和を大義としながら、間接的ではあってもジェノサイドに関わった人物の見えない罪と罰のドラマこそが、ノーラン監督が意図するところだと感じました…


【オッペンハイマー】

内容はとても濃過ぎて、一言ではなかなか表現できないが、あえて一言で言うならば
“理論“が“形“になるプロセスで多くの人々が葛藤と苦悩と駆け引きを繰り返し、その“形“となるものが人類を破壊する強力兵器だったという史実を描く物語…
という言い方はできると思う。 

理論をとなえるのが、理論物理学者J•ロバート•オッペンハイマー(キリアン•マーフィー)

アンタの不純な女性関係が世間にバレたらどーすんの?と訊かれて、「才能で償う」と答えるシーンがあるが、この男、桁違いの自信家である。
オッペンハイマーは、明らかな天才だが、明らかな傲慢さを平気で口に出来る人物でもある。このデリカシーの希薄な慢心が後々敵を生む。

時は第二次世界大戦期、対ナチスドイツに決着をつけたいアメリカ政府は、ある軍事プランを進行させる。
これが物語の中心となる原爆製造プログラムの組まれたマンハッタン計画で、プロジェクトの責任者として、物理学の第一人者オッペンハイマーに、いい話があるんだけどさ、やってみないか?とばかりに接近してきて、チームリーダーに仕立てる陸軍将校グローヴス(マット•ディモン)。

2人の人間性がにじむのが原爆実験前に交わす会話、原爆が大気発火という事態に陥り、威力が地球規模に至るかどうかについてオッペンハイマーに尋ねると
「可能性は、ほぼゼロだ」と答える
「ほぼゼロ?ほぼって何だ?」
「理論に何を望んでる?」
「ゼロだ」

指示する者、仕掛ける者、利用される者の図式が、権力を持つ者、騙す者、翻弄される者という構図に変化していくところはうっかり見落としてしまいそうだが、かなりスリリングな展開だ。

水爆と原爆の理論相違から決別することになる仲間に「君はもはや政治屋だ、物理を捨てた」と断じられるほど、原爆開発にのめり込むオッペンハイマーはユダヤ人である。
ナチスを壊滅させるために作られることになった原爆だが、彼の中では理論の証明に全力を尽くしていて、何に使われるかは預かり知らない事だと割り切っている。

ノーラン監督は、この学者の思い込みに近い割り切りが、やがてひっくり返るまでを見せて行く。

オッペンハイマーはレッドパージ(赤狩り)において共産主義者を疑われ、スパイ容疑がかかる。ロシアへの原爆開発資料の流出疑惑も出てくる。
原子力委員会委員長(ロバート・ダウニー・Jr)との間に生まれた確執を描きながら、(日本の政倫審みたいな)公聴会での疑惑の審問が繰り返されていくが、いかにオッペンハイマーが必要以上に正直で、真面目人間であるかが浮き彫りになっておもしろい。

称賛の席でのスピーチ後、客席の高揚に反してみるみる表情が凍てついていくところは、人間オッペンハイマーの感情が明確に打ち出されるハイライト。
理論の中には困惑する、動揺するなんて符号は無い。オッペンハイマーは、恐らくそこで初めて目の前に挫折や情動というものがはっきり存在することを知り、動揺する…

今一度、人類って何なのか?を
考えさせられる作品


【4つの色分け】
科学界、政府、軍隊、プライベートの主に4つの枠に分けられる人物たちが、オッペンハイマーの周囲を好き勝手な発言をしながら、行ったり来たりするので、人物表を頭の中に作りながら見ていないと、政治映画によくある置いていかれる系の作品ではあります。

素晴らしい俳優陣のことも、書きたいことがいっぱいありますが、どっか他で書くことにします。笑


【監督のメッセージ性の件】
ノーラン監督は作品の意図するメッセージを訊かれても、ノーコメントらしいが、キナ臭い世界情勢をモチーフに、核の扱いに対しての意思を示したものだという事は推察出来る。
はっきり言うと、ロシアがアピールする核使用を辞さないという姿勢の異常性に対する強い抵抗だと思われる。
仮に意図せずして製作されたとしても、映画「オッペンハイマー」は、結果的に、たった今のこの時代の刻印となったことは確かだと思う。

【日本人として】
最も衝撃を受けたセリフ

「2箇所に落とす、
1発目は威力を知らしめるために、
2発目は降伏しなければ
継続的に落とすという警告のためだ」
パイルD3

パイルD3