垂直落下式サミング

⻤太郎誕生 ゲゲゲの謎の垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

⻤太郎誕生 ゲゲゲの謎(2023年製作の映画)
4.4
猫娘ちゃんがモデル体型な最新版の第六期鬼太郎と、シリーズの原型となった貸本時代の墓場鬼太郎の世界観を繋ぐような劇場版。
鬼太郎の出生の秘密にせまる。時は、昭和30年。製薬会社の一族を訪ねてやってきた銀行マンの男が、そこに居合わせた行方知れずの妻を探しにやってきた鬼太郎の父親と共に村の秘密に迫っていくのだが…。
人間の厭な部分にこれでもかってくらいフォーカスしたうえで、マイナス1どこかどうあがいてもプラスに持っていけないような戦中の地獄と戦後の焦土をしっかりと描写している。
主役の水木というキャラクターは、軍隊の生き残りの一兵卒が企業戦士になっただけで、上の奴らに使われる人生だってのには変わりない。それに自覚的だから、今度は踏みにじられないよう頑張って成果を上げようとするのだが、躍起になって立身出世を目指すほどに自分の大嫌いなモノに近づいていってしまうのが皮肉であるし、最後の最後にはそれを断ち切っていくのが痛快。
彼とゲゲ郎が交流するうちに、人間に住みかを追われ狩られてきた幽霊族の悲劇に共感を見出だしていく流れは自然な感情の動きであったし、彼にとっては救いでもあったと思う。水木哲学を、今の時代に引き継ぎ語り直そうとしているのが素晴らしいところ。
弱い立場の人たちを踏みつけにする悪役の悪辣さが徹底しすぎて、気持ち悪くなってしまった。日曜の朝に放送してたアニメの劇場版で、ここまでやるか。大ボスは、ほんとうに殺すしかないような奴だもんな。
悲惨でかわいそうな出自の黒幕を倒したかと思ったら、その裏ですべての糸を引いていたのは、殖産興業政策の生んだ近代の魔王というオチ。奴らの口ぶりは『総員玉砕せよ!』の上官たちとかさなる醜悪さ。
今年公開の映画は、悪役が豊作だった。動物虐待のハイエボリューショナリー野郎や、ラフプレー上等のクリードの対戦相手、韓国映画告白の不倫社長、聖地には蜘蛛が巣を張るのレイプ犯など、人間のダメなところが極端に肥大化した悪役が多かったけれど、これ以上の吐き気を催す下道ってのはまさにこのこと。
いつの世も踏みにじられるのは弱い人たち。おろかしく邪悪で醜悪なのはいつだって人間で、かといって妖怪というものがいいものかといったら、そういうわけじゃない。彼らは、ただ素朴にそこにあるだけ。
文明の焼け石の上に素足をさらしながら生きている我々からすると、彼らの素直な価値観が純であるかのように感じるだけ。ほんとうは、僕たちだってこうなれるはすなのに。
人間は醜い。悪辣だ。ときたま人間に生まれて恥ずかしいと思うことがある。歴史のなかで常に信じられないことをしてきた生き物だ。愛おしい存在ではないのかもしれない。
だけれども、かといって幽霊族たちが特段美しいというわけでもないってのが、鬼太郎シリーズのいいところなんだよな。メシにがっつくし、もらいタバコするし、酒も好き。人間は自分の足元さえおぼつかないてのに、幽霊族って言うくせに地に足がついている。
血桜の根に縛られながらも、「あなたったら、ほんとうに泣き虫ね。」と、夫のことを気遣う妻の言葉は愛そのものだった。
こんなろくでもない世界は見放して、さらに呪うことだってできるはずなのに、「俺の子が生まれてくる世界はいいものであって欲しい。」と、そんな親の願いから、ゲゲ郎は因習の怨念をその身に引き受ける。
僕には、こんなささやかで健全なもん一生わかるわけないと思ってたんだけどな。わかってきちゃったよ。えらいもんで。地べたでメシ食ってた下卑た魂も捨てたもんじゃあないですね。どうにか、人の本質ってのは本来むこう側にあるんだと信じていたい。