マインド亀

ボーはおそれているのマインド亀のレビュー・感想・評価

ボーはおそれている(2023年製作の映画)
4.0
間違いなく本年度トップクラスの問題作!終わらない悪夢を笑いながら体感せよ!

●初日初回に観てきましたー!いやあ、朝から行列すごいなあ、と思っておりましたら、なんとこちらも初日の映画『ハイキュー!!』のグッズ行列。え〜!?アリ・アスターの話題作、そんなものなの?ってくらい、そこまで多くはなかったです。プレミアムシートが少し埋まるくらい。情報量多い映画なんだから、もっと大きな画面で見せろーー!

●『ヘレディタリー』『ミッドサマー』の長編2作で、もはやトップクラスの映画監督となったアリ・アスター。その高密度の情報量とコントロールフリークな世界観、そして共感の得やすい身近なプレッシャーからの恐怖など、その作風は映画ファンのみならず広く女性ファンも多くなりましたね。
しかしながら本作は前2作のホラー作品とは全く異なる、ジャンルすらカテゴライズしにくいとんでもない作品を世に放ってくれました!
世界中でスマッシュヒットした『ミッドサマー』からの次の一手がこんな通好みな作品という監督のサディスティックな選択に、正直、私はめちゃくちゃ好感度が上がりましたね。『ヘレディタリー』が映画館で2回観たくらい好きなんですが、今作で更にアリ・アスターが好きになりました。
おそらく『ミッドサマー』で惹き付けた大勢の女性ファンがポカーンとしてしまってることでしょう。こういうところが好感持てるんですよね。うまく説明出来ませんが、クリストファー・ノーランとか、デイミアン・チャゼルにはあんまり好感度を感じないんですが、アリ・アスターには感じるんです。

●もはや、ホラーでもコメディでもなく、めちゃくちゃ笑えもするし怖くも感じる。もしかすると音楽の付け方によっては爆笑コメディにもなるし、サイコ・スリラーにもなり得る感じ。それでも、ラスト近くのアリ・アスターお得意の屋根裏でのフロイト的恐怖のアイツや、エンドロールでの観客が「撤収する」ところを観るとやっぱり悪ふざけのギャグにしか見えなかったりするんですけどね。
もはややり過ぎなくらい不条理なドラマになってます。おそらく映画マニアの方ならいろんな引用元の作品の名前を挙げることができるでしょうが、私はあんまり分からなくて、観終わったあとのポカーンとした感じは、『8 1/2』とか、最近の『君たちはどう生きるか』とかの監督のパーソナルな思いや夢の世界が込められた作品に近くて、あとは『パンチドランク・ラブ』ですね。物語の語り手である主人公のストレスフルな精神状態によって、物語が全く信頼出来ない、シュールな感じになっているのもよく似てるなあと思いました。いい歳して姉からの過度なコントロールを受けてるところも似てるかな、と。もう少しシネフィルの方々の思う、よく似てる作品を知りたいですね。

●考察しようと思えばちゃんと説明できるようになってると思うんですが、まずはそんなことを考えずにポカーンとして欲しい映画ですね。
本作に映し出される映像は、全て主役のボーの主観から見る、一枚の膜がかかった状態の世界なんですね。さらにボー自身が極度の偏執症なので全く信頼できない語り手ですから、起こる事象の全てが過度の恐怖に支配されてしまっています。一幕目のボーのアパートメント周辺のディストピア的なスラムの状態なんかは、明らかにおかしいですよね。あれだけ暴力的な世界なのに、食品店の中は聖域的に誰も入ってこない(笑)そんな明らかにおかしい恐怖の事態が次から次へと起こるのですが、それらの理由が完璧に語られたり、自体を解決することはありません。ですが、一応頑張れば全て考察して説明することも出来るんだろうと思います。全ては手のひらの上で転がされてたことだった、とか、いろんな人が考察したり謎を解明しようとしていますが、それだけ絶妙なバランスの情報の密度なんですよね。
ただ、誰も風呂場の天井のあの事態は説明できていない(笑)なんであんな事になったのあの人?(笑)

●やっぱり私が好きなのは一幕目のアパートメントの部屋から出る出ないのバタバタですね。序盤の序盤で40分くらいあるのかな?ただ単に出発出来るのかどうかと言うだけでめちゃくちゃな不幸が詰め込まれすぎてて笑けます。そして、アリ・アスターお得意の、序盤は常にラストへの暗示がされているので情報の密度に要注意。マジで気が抜けません。
隣の部屋から、「音楽を止めろ」って差し紙が入れられ、それがエスカレートしていくあたりはスリラーっぽいのかな?と思って見てるんですが、結局次から次へと不可思議な恐怖が上書きされていくので、何も解決しないし謎のまま(笑)あとは流れに身を任すしかない…。
向かいの店に向かって道を横断するだけで命がけだし、家の中には恐ろしい蜘蛛がいるし、クレジットカードは反応しないし、鍵も荷物も盗まれるし、水は止められるし…もうこういったイライラと不運が積み重なって行くのがひどすぎる(笑)
ふと私が思い出した『ミート・ザ・ペアレンツ』は、恋人の親のデ・ニーロに好かれようと奮闘するベン・スティラーにどんどん不運な出来事が重なっていくコメディでしたが、この作品はドラマ部分を排除して、不運なところだけをサンプリングしてつなげて、ホアキン・フェニックスのアクの強い演技がリズムとしてずっと刻んでいるようなミックステープにした感覚ですね。


●あと、本作では昨年大ヒットした鬱ストップモーションアニメ『オオカミの家』のチリの2人組監督クリストバル・レオン&ホアキン・コシーニャが参加。壮大なホラ話パートを独特のレタッチされたアニメで表現しているので、『オオカミの家』ファンは楽しめます。結構、「途中のモッタリした部分」と皆さんおっしゃるのはおそらくこのパートじゃないかなあと思いますが、私もそのへんは同意です。でも、アリ・アスターの、「この二人の才能を世界に見て欲しいんだー!」という熱意と愛情を感じましたね。そして壮大な冒険の物語の果てにあのオチですから、「なんじゃそりゃ」ですよね。

●本作は毒親の攻撃的な母性に対するストレスを描く一方で、母親側の育児に対するストレスもきちんと描かれております。おそらくボーは不安神経症や発達障害なものを抱えていて、母親はそれをありのまま受け入れられず、治療を施していると思われるんですね。で、それでも思い通りにならないボーの育児にイライラが募っているようなのです。で、これは同時に一方的に母親が責められる感じでもなくて、母親のイライラというのは、ボーを観ていたら共感せざるを得ないところもあって、だからといってボーを否定するわけでもなく、その問題を解決するわけでもない。要は、親と子の問題は「難しいもの」として表現されてるだけだと思うんですね。そしてそれに一生両者が付き合っていかなくてはならない。その事自体を恐怖として表現し、この映画世界に落とし込んでいる。一種のアリ・アスターの自己セラピーのような作品だと思いました。

●とにかくやはり、こういう物議を醸す話題作というのは年に数本あるかどうかというあたりなので、話題のうちに映画館で絶対に観たほうが良い作品だとは思います。面白いと感じたのか、しょーもな!と感じたのか、正直自分でもよくわかりませんが、見てる間は次から次へと何が起こるかワクワクして観ることが出来ました。是非是非、3時間分の体力をそなえて万全な状態で観てほしいと思います!
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