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映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園のsanbonのレビュー・感想・評価

4.0
「クレヨンしんちゃん」の世界で「青春」を描くという事。

劇中でも「青春って何?」という畳みかけるような問答がクライマックスに用意されている本作だが、個人的に青春とは「変化し続ける事の体感」だと思っている。

何故、"思春期"を主に青春と呼ぶのかといえば、肉体的、環境的、精神的な面において、それまでは経験する事のなかった様々な出来事を通して、"価値観のアップデート"が1年の間に何度も起こる多感な時期であり、それに伴い次第に確立されていく自我の中で、成功や失敗を清濁入り混じりながら繰り返すその体験の総称こそが、まさに青春と言えるからである。

つまり、青春とはすなわち思春期における"変化の抽象化"なのだ。

しかしその反面、しんちゃんは永遠に5歳児を繰り返す"成長しない"存在である。

未来永劫、どれだけ作品が続こうとも「ふたば幼稚園」から卒園する事は決してないし、しんちゃんの基本的な交友関係、生活環境が大きく変わることは今後もあり得ないと言っていい。(もちろん単発の特別編などは除いて)

そんな作品の中で、青春を描くことは実は意外と難しい事なのだが、今作ではそれを「風間くん」をキーパーソンとして"将来"に目を向けさせる事で成立をさせようとしている。

親からの英才教育を受け、意欲や向上心も高く、未来への展望もあり、将来有望で明るい人生を思い通りに描ける筈の風間くんが、それでもなお"不安"に思う事。

そんな、近い未来確実に待ち受けるであろう"別れの予感"こそが、今作においての重要な"核心"ともなっており、クレしんの世界観に更に一歩踏み込んだ、これまで描かれそうで描かれなかったテーマ性を今作は備えている。

ちなみに、僕が直近で泣いたクレしん映画は「ロボとーちゃん」であり、最後に見た作品としては「野原家」のオリジナルキャストである「藤原啓治」や「矢島晶子」が揃って出演した最後の作品でもある「ユメミーワールド」となり、声優が交代してからは今作が初めての鑑賞であり、何気にクレしん映画を劇場で観るのも今作が初である。

そんな事情もありつつ良質な作品であった分、やはり「矢島晶子」ボイスのしんちゃんが正直恋しくもなったが、逆に良質であったおかげで矢島晶子の声真似でしかない「小林由美子」ボイスのしんちゃんを初めて違和感なく見れたかもしれない。

そのくらい、今作は脚本から構成まで文句なくクレしん映画の中でもトップクラスのクオリティであったと断言できる。

まず、序盤から泣かせに来るのは流石にズルい。

「吸ケツ鬼」に襲われた風間くんが、一番最初に助けを求めるのがしんちゃんという時点でもうヤバかった。

あのマザコンの風間くんが、命の危険に晒された時に「お母さーーん!!」ではなく「しんのすけーー!!」と真っ先に叫ぶだけで泣けてくるって、まさに長年の蓄積があるご長寿作品だからこそ出来る芸当だろう。

だからこそ「みさえ」がしんちゃんを見送るシーンも泣けてくるし、今作は特にそのような"ギャップ泣き"が多かったように思えた。

そして、なにより"謎解き風"な展開が見せかけだけじゃなく、ちゃんと面白いのがいい。

そう、今作はあくまで"謎解き風"なのだが、そのあえての"風"にしているという点が、今回に限っては逆にかなりの好印象となっているのだ。

漫画的な表現やアイコンを事件解決の手掛かりにしてしまうなんて、そんなトリック普通のミステリ作品では決して味わう事は出来ないし、その発想が一周まわって実はかなり技ありな"技巧派"作品ともなっている。

また、ミステリ要素があるからといって、メインターゲットである年長さん(しんちゃんと同じ5歳前後)の目線より上には決して上げずに、かといって大人の鑑賞にも耐えうる水準はキープして作りこまれており、こういった点においてクレヨンしんちゃんは、子ども向けを貫きながらも大人にもしっかり響く物語性を担保できているのが本当に素晴らしい。

それは、大人の価値基準に捉われない子供の柔軟な発想をしっかり物語に投影出来ているからこそ成せる業であり、風間くんがある問いかけに対して「しんのすけは心がエリートです」という、一般的なエリートという言葉の持つ意味からは一見ズレているような回答も、この作品の世界観"だからこそ"刺さる言葉としてしっかり涙腺をくすぐるように出来ているのだから脱帽ものである。

また、オリジナルキャラクターである「阿月チシオ」の持つコンプレックスであったり、今作は「笑い」と「感動」を"表裏一体"に見せる展開に非常に秀でているのがこれまた凄い。

はじめこそクスッと笑える要素だったものが、次の展開には泣ける要素に気付けば様変わりしているのだから、クレしん映画はこれだから侮れない。

正直詰め込み過ぎな印象は多少ありはしたが、今作は声優の交代劇があってからの久々の鑑賞作としては申し分のない傑作であり、しんちゃんってやっぱり面白いんだなと改めて感じさせるには十分な訴求力を備えていた為、おそらく多くの人がこの流れのまま次回作も観てしまうことになるに違いないだろう。
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