サマセット7

ダーク・アンド・ウィケッドのサマセット7のレビュー・感想・評価

3.9
監督・脚本は「ストレンジャーズ/戦慄の訪問者」「ザ・モンスター」のブライアン・ベルティノ。
主演は「あるふたりの情事、28の部屋」、「サイドエフェクト」、テレビドラマ「スニーキー・ピート」のマリン・アイルランド。

[あらすじ]
父の病状が悪化したと聞き、久々にテキサスの田舎で牧畜をしている父母の実家に戻った、ルイーズ(マリン・アイルランド)とマイケル(マイケル・アボット・Jr)の姉弟。
しかし、1人昏睡状態の父の介護をしていた母親は、2人に「来るなと言ったのに」と突き放し、その翌日、自殺してしまう。
父の介護のために実家を離れられなくなった2人は、母の日記から、母が生前、何かに酷く怯えていたことを知るが…。

[情報]
2020年アメリカ公開のホラー映画。
原題は「The dark and the wicked」。
直訳すると「闇と邪悪」か。

オカルト・ホラーに分類されると思われる。
似た雰囲気なのは、アリ・アスター「へレディタリー/継承」か。

監督・脚本・製作のブライアン・ベルティノは、サイコホラー、ファウンドフッテージもの、モンスターホラーと微妙にサブジャンルを変えつつホラーを撮ってきた2020年当時43歳の監督。
特に長編監督処女作の「ストレンジャーズ戦慄の訪問者」はヒット作となった。
今作は彼の4作目の長編監督作品にあたる。

今作はジャンルムービーにも関わらず、批評家から非常に高い評価を得たホラー映画である。
Rotten Tomatoesでは批評家支持率91%を集め、これはホラー映画としては異例だ。

今作は、「怖い映画」との評判のある作品である。
例えば雑誌BRUTUSの「怖いもの見たさ」特集では、数あるホラー映画の中でも、最高の怖さを備えた作品の一つと評価されている。
製作費は不明。世界興収は73万ドルとされる。
コロナ禍もあって、公開後にじわじわ怖いという評判が広まった作品、と言えようか。

[見どころ]
父の介護のため、逃げられないシチュエーションの姉弟に、邪悪なナニカが迫る、というシンプルなストーリー。
映像は美しく、一つ一つの撮影にこだわりを感じる。
孤立した農園の一軒家で、じわじわ追い詰められていく恐怖!!
闇の中響く足音!呼吸音!
カメラのゆっくりした移動!!
派手さはないが、手を変え品を変え、観客を怖がらせる仕掛けが丁寧に仕込まれている!

[感想]
じりじりと、怖い。
エンタメやユーモアという逃げ場はなく、ひたすらシリアスに恐怖の表現に徹した作品だ。

音響や映像にこだわりがあり、何気ないシーンも不気味なものとして感じられる。
例えば、冒頭のカット。
上に映り込む木の枝がいかにも不気味だ。
問題の実家は牧畜を業としているが、そこで飼われているのは、山羊。
大量の山羊が映っているだけで、なんだか凶々しい。
そして山羊を守るため、オオカミなどの侵入者が来たら音が鳴る仕掛け。
これがまた印象的に使われる。
実家の、薄汚れた家具。
山羊の頭骨の不気味な剥製、
底に流れる、不快な音響。
全て恐怖に寄与している。
これらは冒頭で一気に見せられ、後の不穏な展開を暗示する。

怪異の正体について、母親の日記や神父の助言により一応の説明がされる。
が、なぜ、この一家が災難に遭うのかについては、最後まで明らかにならない。
それが理不尽さを感じさせ、余計にモヤモヤを募らせる。

基本は不気味な雰囲気で追い詰めるホラーだが、いくつかジャンプスケアも用意されている。
これがまた絶妙に配置されており、飽きさせない。

一欠片の救いもない結末には、暗澹たる気持ちにさせられる。
それも含めて、ずっしりとホラーを見た感覚を味わえる。
評判も納得の良作であった。

他方で、今作は人を選ぶ作品だろうとも思う。
少なくとも大ヒットするような作品でないのは間違いない。
「本当に怖い」を突き詰めた映画など、多くの人は望んでいないのではないか。
エンタメ性も社会性も芸術性も削ぎ取って、恐怖だけに特化した作品は、映画という娯楽/芸術の本質に反するのではないか。
「怖い」と「見たい」が何故両立するのか、というのはいわゆるホラーのパラドックス問題である。
誤解しないで欲しいが、今作には一定の芸術性も社会性もある。
しかし、へレディタリーやリング、呪怨、死霊館といった先行ヒット作と比較すると、大衆が喜んで摂取するには、さすがに地味!!と言わざるを得ない。
逆に今作と比較して、先行作の素晴らしさが際立つ、というべきか。
へレディタリーの様式美!
Jホラーのサスペンスと予見させる感染性!
死霊館のケレン味!
今作は、先行作を見尽くしたホラージャンキーが刺激を求めて手を出す、知られざるカルト作品、というあたりに落ち着く気がする。

[テーマ考]
今作において、主人公が異常を認識しつつも逃げられない理由は、親の介護の必要性にある。
死にかけている父親をそのままにしておけない、という状況は、主人公にとって呪縛として機能している。
これは、現実の親の介護の寓意と読むことも可能だろう。

遠隔地で生活して、疎遠となった実家や両親。
残された農牧といった家業。
地域コミュニティの失われた、アメリカの田舎の孤絶感。
医療制度や介護制度の致命的な欠落。
そんな中、田舎に残した親の介護の必要に迫られた時の、逃げたくとも逃げられない孤絶感は、まさしく、恐怖そのものだろう。
その意味で、今作は、アメリカにおける親の介護の暗黒面をテーマとした作品、といえるかもしれない。

今作は、邪悪なるものの正体について、考察の余地を与える作品でもある。
部外者なりに想像するに、今作は、キリスト教圏内にありながら、信仰を捨てたもの(=無神論者)が本能的に抱く罪悪感を描いた作品、なのかもしれない。
この辺り、正月には神社に行き、盆には寺に行き、結婚式には教会に行く私(≒一般的日本人)には、想像するしかない。

[まとめ]
逃れられぬ恐怖を突き詰めた、邪悪なるオカルト・ホラー映画の逸品。

主演のマリン・アイルランドは、テレビドラマを主戦場とする女優で、映画も出演作多数。アイアムレジェンドやアイリッシュマンなどのヒット作にも端役で出ていたようだ。
なかなかホラー映画映えするお顔で、恐怖を誘った。
特にシャワーシーンの恐怖の表情は秀逸。