マーフィー

ある職場/些細なこだわりのマーフィーのレビュー・感想・評価

ある職場/些細なこだわり(2020年製作の映画)
4.8
2022/09/14観賞

ずっとしんどい
エンドレス地獄

日本に生きる男性は全員観て
アンビバレントな感情を一旦抱えてから自分の価値観をもう一度見つめた方がいい。

ある会社の、数人の社員のやりとりから
今の日本社会の現状と限界を淡々と描いた怖い作品。
「シナリオは無く舞台設定だけ与えられた俳優たちが、即興に近い演技で演じている」(公式サイトより)
という作り方のお陰で変な間ができたり、噛んだり、2人の話始めが重なって片方が遮られたりというリアル感が出てて
不自然なカットや演技丸出しなところも多いのに、度々フィクションなのを忘れてドキュメンタリーかと思うことがあった。
音声がそんなにクリアに録れてないのも、良く言えばリアルに感じられていい。
本当に聞こえづらいところもあるけど、私が観た時は英語字幕があったので、少しだけ助けられた。

モノクロとカラーをうまく使い分ける作品は、『銃』しか観たことないんですけど、
人生が満ちていくようなカラーへの切り替わりが印象的な『銃』に対して
この作品は人生の輝きを失った今と、色のあった過去の対比がきつい。
ただその色というのも、複数人の視点がある作品だからこそ、全員の平均として色があるだけで、
早紀だけの目線で見れば既にあの頃からモノクロだったのだと思う。
というか色もなんか味気ない感じで気味悪い。

ちなみに英題は「Company Retreat」で
社員旅行の意。
Retreatという言葉は「観光が目的の旅行とは違い、日常を忘れてリフレッシュすることを目的とする」というニュアンスがあるらしいです(https://eleminist.com/article/200)。素敵なタイトルやん(白目)



以下ネタバレありで登場人物について感想


無力な御所くん、好意ゆえなのかもしれないけど
それにしても地獄を2度も生み出す天然マッドサイエンティスト。
みんなが揉めだすとひたすら無力。空気。
そして最後には悔しがる。ひたすら無力。なんだこいつ。


自らはマイノリティであるにも関わらず、時に厳しいことも言う拓、
きっと正しい人間なんだけど、あくまでも部外者なので込み入った話になるとそれ以上入れない修、
この地獄を突き進む作品の中で唯一の癒しが彼らの仲よさ。


やっと入れた会社に失望する篠田、
投げたのはやっぱり小林の携帯?
投げやりな感じだけど、彼の失望を思えば気持ちも分かる。


歪んだ正義と愛をもつ小林、
歪みに歪んでるんだけどあの自分の気持ちを分かってもらえないが故の怒りはすごい演技だと思う。
キレて靴を投げ捨てるけど結局取りに戻るあの気持ちは分からんでもない。


自分の正当化も無意識下にありそうな野田、
ある程度の立ち場でありながら
「一歩間違えたらセクハラ扱いされるから怖い」「セクハラされる方にも原因がある」と言う。
この意見はこの問題が社会でいつまでも解決しない一因で、
まさに男社会の闇の象徴のような人間。
でも男性としてはこういう理屈をこねられると一瞬頷きそうになるところが怖い。
そもそも論として受けた方の感じ方がセクハラかどうかに関わるのだから「セクハラ扱いされる」という表現自体が間違いを含むはず。
男性としてはこういう「一見男性の不利さを主張する理屈」を否定できる理屈を持っておかないと、正しい判断ができなくなるなと思う。
そして男性が自衛のためにできることはこういう「言い訳」を用意することではなく、元からセクハラになりかねないことをしないよう、常に気を張ること、なのかな。
職場で女性と関係を持ちまくる野田には耳の痛い話なのだと思う。
無意識に自己正当化を図っているように見えるのはこういう背景があるのかも。


全貌がきちんと見えてない状態の世間の人たちの代表のような掻き回し方をする小津(彼に関してはこの段階で全貌がはっきり見えない私たち観ている側の鬱屈した気持ちを悪い方に傾かせる効果もあるかもしれない。途中で全貌を知ってからはあーこいつだめだーと思うのだけど)


大事な時に側にいない木下
最後まで優しいのに終盤の無力さを浮き彫りにされるあたりで、
この人も結局最後は自分の正義に早紀を利用してるだけのように見えてしまう。
ずっと早紀に寄り添って、味方でいてくれてたのに、
小林と地獄みたいな状況になってからの自由時間で早紀ではなく他の女性社員と一緒に楽しむ姿を経て
最後に早紀に「何と戦っているんでしょうか」と言われるところを見せられると
木下は途中から早紀への優しさではなく自分の正義が少しだけ独り歩きしてしまってたのかなと思ってしまう。


「セクハラ」という言葉を(作品での扱いの中では)軽く使って早紀のマジもんの苦悩とエグい対比を見せるあんり、
まるで「こうやって笑いながら牽制して上手くかわせばいい」と早紀に突きつけるような怖さがある。
それでいて結局は野田と付き合ってるんだからめちゃくちゃ残酷。
脱線してしまうけど、
私は一時期のいわゆる「オネエ」芸能人たちがオネエであることをいじられ、本人たちも一連のいじられと対応を生業としていたことがとても嫌いで、
それこそが日本がセクシャルマイノリティへの理解を遅らせた一因だと思っています。
そのような構造と同じようなものがあんりの「セクハラ」という言葉の使い方に感じられて、めちゃくちゃ酷いなと思った。
しかもそれは結局野田との関係が明るみに出ないためのポーズであることもとても酷い。
セクハラ被害者と言いながらも、本当に苦しんでいる人を孤立させる存在。


あんりと一緒にきたもう1人の女性(名前忘れた)、
あの人の突然地獄に放り込まれた感が、最も観ている人に近い立場なのかもしれない...。


あくまでも現実的な方法で組織を変えようとしている女上司の牛原、
いや変えようとしてるのか、この社会の中で女性が生きていく方法を確立しようとしてるのか。
木下からすれば保身に見えたのだけれども
男社会の中で言いたいことを通すために我慢も苦しい思いもしながら立ち回る牛原のやり方は
内部から現実的に組織を変えていくための正攻法で
日本社会において現状の正攻法がこれになってしまうことが皮肉でもあると思う。
木下のような強く訴える者を「感情的になって話にならない」と切り捨て相手にされず、牛原のやり方が現状における限界になってしまう。
そしてこの社会で生きるために順応しているあんり。
この辺は日本社会で働く女性の縮図満載。


そして主人公早紀、
本人も言うようにSNSに反応することで余計に問題を大きくしている印象はあるけど
名前まで晒されて大炎上してて、早紀の言い分として「自分が返事しないと会社に飛び火する」という理解もあって
決してまともな精神状態で反応できる状態ではないなかで、自分にできることをしようとしているのだと思う。
周りが揉める時に、自分の態度を責められどんどん精神を追い詰められていき、当事者のはずなのに置いてきぼりにされたり、
結局何のために何をしてるのかがどんどん分からなくなっていく。
最後の「何と戦っているんでしょう」「もう、嫌われたくないです」からのあの選択は、
諦めることがボロボロになった自分を守る唯一の手段だったんでしょう。
今の日本社会の限界がここに現れてると思う。

早紀は明らかに悲劇のヒロインなのですが、
前半パートでの言動や気持ちの落ち具合の演技から
悲劇のヒロイン「ぶってる」と言われてしまったらそう見えてしまう、
たぶんその「見えてしまう」無意識こそが現実でも起こりうる二次被害の根幹であり、
そう見えてしまう自分の浅はかさ、愚かさを浮き彫りにされるような感じがする。
自分も無意識のうちにそういう社会に一役買ってしまっている可能性を忘れてはいけないと思った。
非常に怖い作品でした。
マーフィー

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