天豆てんまめ

花束みたいな恋をしたの天豆てんまめのレビュー・感想・評価

花束みたいな恋をした(2021年製作の映画)
4.3
このふわふわしたタイトルを裏切る
ここ10年現れなかった’普通にリアルな’恋の物語。

新たなる王道ラブストーリーの傑作!

「カルテット」の坂元裕二脚本の到達点。

菅田将暉と有村架純の呼吸。

2人が演じた麦と絹の5年間。

タイトルからこの恋の結末の予感が漂う。

ビフォア・サンライズからのラ・ラ・ランド的な……。

多くの人がこの映画を観て、自身の恋愛と重ね合わせ、心抉られるだろう。

あなたが10代であっても、20代であっても、30代であっても、40代であっても、50代であっても、より上の世代であっても。

きっとこの映画で描かれる、居ても立っても居られない恋のトキメキや、夜眠れないほどの不安が想起されるのではないだろうか。

出会った瞬間から2人は数々の共通性に驚き、急速に惹かれ合う。

終電を逃した2人がバーで押井守(本人役)を見かけ密かに興奮する。

お互いの好きな小説、音楽、映画が次々と会話に現れ、彼らだけの世界が広がっていく。

2人を結びつけた2015年から2020年のポップカルチャーの数々が台詞に散りばめられる。

特に出会ったばかりの2人がカラオケで一緒に歌うきのこ帝国の「クロノスタシス」が象徴的だ。

「‘クロノスタシス’って知ってる?」
「時計の針が止まって見える現象のことだよ」

恋が始まる時のあの揺らぎ。

もう一歩近づく為の戸惑い。

‘押しボタン式信号’が演出する2人の間が素晴らしい。

とにかく脚本の坂元裕二が紡ぐ2人の台詞が全編に渡って絶妙だ。

ファミレスという日常の場面にさえ魔法がかかる。トキメキから切なさまでの恐ろしい程の振り幅に揺さぶられる。

多摩川沿いを背景に2人の幸せな日々が綴られる点描も美しい。

それが後半に行くにつれて、まるで息している空気が薄くなっていくような2人のリアルな心情が心を掻きむしる。

ああ、これは映画なのか。

それとも私たちすべてに問いかける恋愛の真実なのか。

恋愛に永遠性はあるのか。

恋愛と結婚を分け隔てるものは何か。

大人になるとはどういうことなのか。 

この映画を見る人は様々な’今’に生きていると思う。

今、恋人がいる人といない人。

今、結婚している人と未婚の人。

今、学生の人と社会人の人。

今、出会ったばかりの人と別れたばかりの人。

今、恋愛を謳歌している人と過去の恋愛を引きずっている人。

観る人の今の状況によって、この映画が炙り出すあなたの感情は左右されるだろう。

それはどうしようもなく、この映画を観る人には逃げ場を用意してくれない。

この映画は映画であって現実を見せられているかのような錯覚に陥る。

過去の恋愛を後悔し、未来の恋愛に怯え、今の恋愛に不安になる人もいるかもしれない。

過去の恋愛に感謝し、未来の恋の予感を感じ、今の恋愛を深く味わえる人もいるかもしれない。

2人の恋の行方に希望はあるか。願いはあるか。

それは是非、劇場で観てほしい。

エンドロールが終わってもきっと、この映画は終わらない。

カップルで観に行ったら、今その2人がどういう感情でいるのかが残酷なほどにはっきりするだろう。

一瞬にして気まずさを隠さざるを得ない哀しきカップルが出てしまうだろう。

だから、深く結びついたカップル以外は1人で観に行く方がいい。

男同士で観に行くのは何だか気持ち悪い 笑

男性はやっぱり1人で観に行こう。

そして好きな人にスキと言おう。

女性は1人で行くのもいいが、友だちと行ったら語りが止まらないだろう。

あるいは

割り切れない感情の余韻が離れないまま
言葉を失い、沈黙が続くかもしれない。

映画を観終わって幾晩も語れるテーマがそこにある。

この映画と人生で味わった恋愛の過去・現在・未来について。

まあ、それくらい傑作ということだ。