ryosuke

ファースト・カウのryosukeのレビュー・感想・評価

ファースト・カウ(2019年製作の映画)
3.7
 固定ショット主体の端正な画の積み重ね、劇伴の使用を限定し繊細な自然音に語らせる音響、暗い夜を暗いものとして提示する照明、物語を駆動する上では不必要な生活の細部を省かない姿勢。これらの総合によって高いリアリティが獲得されている一方、当然のように立ち上がりが極めて遅く、娯楽性にも乏しい。そうであるなら代わりにスペシャルな何かを見せてほしいと思うのだが、そこまでのものは無かったように思う。異様に美味そうなドーナツと終幕の切れ味を除いてはということだが。良い映画だとは思う。
 基本が固定ショットであるからこそたまに動くカメラが際立つ。とりわけ、破局の晩に仲介商の寝室を規則正しく往復するカメラが忘れ難い。家人による消灯を背景に捉えながら、時計の規則正しい音に合わせて一定のリズムで左右に揺れるカメラワークが運命の振り子のような様相を呈し、この夜が転機になることを的確に示す。
 ファーストショットが画面左から右へと進む巨大な赤いタンカーであったのに対し、逃走劇を強いられたキング・ルーは、小さな赤いボートで画面右から左に川を下っていく。端的な対比が折り返し地点を示し、終わりのムードをもたらす。そうであるからこそ、再会した二人の温かいハグを見た観客はすぐに、このシーンは、並んだ二つの白骨死体のもとへ向かう中継地点であることに思い至る。寂しい映画だ。
 そう思っていたにも関わらず、並んだ二つの頭を見たときでさえ、まさかここで終幕だとは思わなかったので、まんまとライカートにやられてしまったのだろう。素晴らしい締めだったと思う。寝入ったクッキーを見た後、金の入った袋を見つめるキング・ルー。映画は彼に何も語らせないが、確かに彼の脳裏によぎったであろうもう一つの意思決定、それが実現されていれば、発見される白骨死体は一つだったかもしれないということも含めて。
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