じゅ

マイ・ドッグ・ステューピッドのじゅのネタバレレビュー・内容・結末

3.7

このレビューはネタバレを含みます

自由奔放すぎるでっけえ犬めっちゃ好き。関わりたくはない。
モンパルナスってthe pillowsの曲で聞いた響きだなって思ってたけど、『サリバンになりたい』だ。「モンパルナスの灯りの下、旅立つなんてできないよ」。フランスのパリに位置する一地区の名前だったのな。


作家の苦悩ってのは遍在してるな。本作のアンリ・モエンは25年前に何だったかの記録を塗り替えるベストセラー作を世に出してからは駄作と呼ばれるものばかり。そんな現状を内心では我が子のせいにしていた。金をせびってばかりの娘に、ストリッパーにお熱な息子、大学の課題を母にやらせる息子。唯一の常識人で学業成績も優れていた息子は環境保護組織の暴動に参加して刑務所へ。妻はというと、ワインと抗うつ剤を手放せない。
ある土砂降りの夜、モエン家に大きな野犬が入り込む。前の愛犬を殺したシェパード犬をブチのめした(というか掘った)ことでアンリが気に入り、彼の独断で飼うことに。ステュピッド(バカ)と名付けたこの犬を嫌がった娘が出て行ったのに続くように、ストリッパーを孕ませた息子が出て行き、環境保護組織の暴動に加担して逮捕された息子は監修され、母に大学の課題をやらせて退学になった息子はその後どうにか復学させてもらってオーストラリアへ。
子供たちのみならず、妻も出て行く。代筆した息子の課題の内容が評価され、研究会に呼ばれたことをきっかけに、妻を研究会に誘った教授と親密に。そのままパリへ行こうとする。さらには今やアンリの愛犬で1番の理解者になったステュピッドも姿を消す。
全て失ったアンリはついに一心不乱に原稿を書き始める。落ちぶれた作家の自暴自棄、ある日現れたバカ犬、出て行った子供たちと妻、そして消えた犬、その後犬は戻ってきたが犬と引き換えに家族を手放したことを毎晩毎晩毎晩毎晩後悔していること。
パリへ向かう空港で原稿を読んだ妻はアンリのもとへ帰る。「パリが何よ、私はローマがいい。」


章立てで物語が進んでたのってそういうことだったんだな。物語全体がアンリが最終的に書く新作小説の内容で、頭の中をガチガチに固めてたプライドを保つ言い訳が全部剥がれ落ちて最後に残った本心を妻に伝えるラブレターだったわけか。
自分自身のせいで失った大切ないろいろに想いを馳せて惨めに切実に後悔する男の前に、最後に妻は戻ってきてくれた。元々パリに憧れてた彼女の「パリが何よ、私はローマがいい」の言葉には、諦めとか投げやりな印象を受けた。教授を選ぶか夫を選ぶか最後に揺れに揺れて、えいやで夫アンリを選んだようなかんじ。もう気持ちは教授と憧れのパリに向いていたであろうところからえいやで夫に向き直った辺り、なんやかんやアンリを愛してたんだな。2人でハッパ吸ってハイになった時に「25年前から愛してる」って言ったのはまじだったみたい。

アンリの心をガチガチに固めていたよろしくないものを剥がしたのが犬だったわけだ。今まで皮肉くらいしか言わなかったアンリが、ステュピッドを介してやっと本音を言うようになった。60間際になって子供らとちがって将来の展望もない悲壮とか、闘っては負ける俺と違って闘って勝つだけじゃなく相手を辱めるこの犬は勝利の象徴だとか、ステュピッドが嫌なら出て行けとか。子供4人を新車と交換したいなんて思ってたんだから正直ステュピッド関係なく出て行って(というか自立して)ほしかったんだろうけど、あの犬がいたからこそ勢いで切り出せたんだろう。
そっから家族が徐々にちゃんと話せるようになってったのかな。それまでは偶然同じ屋根の下が棲家だから一緒にいるかのような程度だったけど、息子を恥だと思っているかとか産んで後悔してるかみたいな突っ込んだ話もした。(ってもあの件はストリッパーとの間に子供ができたことの方が大きいか。)アンリとしては辛く苦しい闘いばっかりのこの世に頼まれてもないのに放り出してしまったって思ってたけど、息子はそんな父にありがとうと。
母親に大学の課題をやらせて満足いく結果じゃなければキレるような終わってる息子ともちゃんとぶつかり合った。他の兄妹と違って頭も恋人との幸せも子供もない自暴自棄を受け止めて、自分に課された課題にちゃんと自力で取り組む手助けをした。この時の「私は作家だぞ」は作中初めて前向きな意味で使われてた気がする。


そもそもモエン家はなんでこんな状況になってたんだろうな。
アンリは犬に父性が云々って話をしてたな。内容は忘れた。でもアンリが子供たちに作中でもたらしたものを振り返ると、父性とは自立を促すことになるんだろうか。
妻は25歳の息子のことを「まだ子供」と言っていた。大学の課題の件を含めてとんでもねえ甘やかし方だけど、これが母性だというのならそれってつまり頼れる先を与えることになるのかな。良く言えば居場所、悪く言えば依存先。
妻は我が子と向き合ったけどアンリは向き合わなかった。子供たちの成長過程に母性はあったけど父性はなかった。だから依存することしか知らずに育った。だいたいそんなかんじなのかな。

子供らが本当に自立できたかは知らん。
娘はパリで電気代すら払えねえでまだアンリに金の無心をしてるし。まあでもママのいないおうちでそれなりに家事くらいはするようになってきてんのかな。
息子たちはちゃんと自分の子供を育てていけるだろうか。刑務所から出た後ちゃんとやっていけるだろうか。今後も自力で学業に向き合っていけるだろうか。
まあアンリはまだ父親をやり始めたばかり。共々がんばってくれ。
じゅ

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