九月

マリッジ・ストーリーの九月のレビュー・感想・評価

マリッジ・ストーリー(2019年製作の映画)
5.0
あまりにも良すぎて胸がいっぱい。何もかも全てが完璧な映画だと思った。

性格や性質の異なるふたりが、互いに補い合って夫婦生活を送ってきたことが窺える冒頭の独白。夫婦と子どもの三人でかけがえのない幸せを築いてきたことが想像できる。また、この独白の内容は、お互いの良いところを文章にして紙に書いたもののようだが、それを相手が知ることはないままに別居・離婚の手筈を整える方向へと進んでいく。

職場が同じでしばらくは同じ家で過ごし、ニコールが実家に戻って自分の弁護士を立ててからだってチャーリーとニコールは変わらず良い夫婦にしか見えなくて、どうして離婚という決断に至ったのかが最初は不思議だった。このふたりだけが何か特別な問題を抱えていたという訳ではなく、それはもう慣れや積み重ねの行き着いたひとつの結果でしかなくて、誰にだって起こり得ることだと思えた。

円満に別れ、一人息子のヘンリーのことはできるだけ巻き込まないようにしたかったはずなのに、そこに弁護士が介入することによって事態はどんどん泥沼にはまり込んでいく。
ふたりが会う時、実際には(傍から見るとそれが余計に辛くも感じるが)相手を思いやる気持ちも優しさも変わらずあるのに、弁護士が調書にするのは揚げ足を取るようなことばかり。結局、真っ向から対立するような形になってしまい、それがまた悲しいけれど、この展開にはかなり引き込まれた。
そうしている間にも、初めの独白で感じた夫婦それぞれの印象があらゆる部分で繋がっていき、離れてから改めて気づく相手の存在の大きさもさらに切なく感じる。

チャーリーとニコールが別々に暮らすようになってから、チャーリーは新しい家でも変わらず息子のために料理をするが慣れない家で何度も戸棚の開く向きを間違えるところとか、一方ニコールの自宅でのパーティで出される食事が買ってきたものばかりなところとか…至る所でこんな風に、あくまでもさりげなく変化が描かれていて現実を突きつけられるようだった。

伏線どころじゃないくらい、一番最初に互いが語った相手の長所と、それを綴った紙切れ自体までがこの物語に説得力と深みを持たせているところに唸る。
結婚生活に限らず、人がひとりで生きていくことはほぼ不可能で、誰かと何かを共にする時、協力したり妥協したり、期待したり失望したり、良いことも悪いことも伴う。関係を続かせられるはその人たち次第でしかなく、人間関係による煩わしさから逃げ出したくなったり、傷つくくらいならいっそのこと誰にも心を開かずにひとりで生きていった方が…と投げやりになったりすることがあるかもしれないけれど、孤独はどこまでいっても孤独でしかない。

これこそが得たものであり失ったものだと思い知るラストシーン、幸せで温かくて、でも切なくて寂しくて、深い余韻を残してくれる。終わり方まで素晴らしかった。
九月

九月