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システム・クラッシャー/システム・クラッシャー 家に帰りたいのMrOwlのレビュー・感想・評価

4.1
「システム・クラッシャー」とは、ケアホームからケアホームへ、里親から里親へ、あまりに乱暴で行く先々で問題を起こし、施設を転々とする制御不能で攻撃的な子供のことだそうです。

2019年制作なので、主演のヘレナ・ゼンゲルさんは9~10歳ですね。トラウマが原因で感情を制御できず、暴力に歯止めが効かない状態になってしまう人を深く理解しているのではないか、と思われるほどの演技でした。
鑑賞中はむしろトラウマとその影響による衝動性と暴力性に苦しむベニーにしか見えませんでした。
本作の演技でドイツ映画賞主演女優賞を歴代最年少で受賞したとのこと。納得です。
ノラ・フィングシャイト監督は、これが長編映画デビューというのも凄い。テンポや見せ方が上手いですね。

愛情に飢えてママに会いたいと切望するベニーはとても可哀想にみえます。
一方で,
暴走して酷い暴力を振るうベニーは手の施しようがないほど酷い状態にみえます。
自身も他者も傷つけてしまうという破滅的な行動をとってしまいます。
カウンセリングだけでなく、薬も処方される様子が描かれる点が、なんとなく欧州っぽいなと感じました。

こうした問題が取り上げられるときに、問題行動を起こす人に対し、幼少期のトラウマを全ての原因にするな、という意見も見られますが
トラウマはやはり本人の性格や行動に多大な影響を及ぼすものだなと感じます。
ある種の症候群や精神疾患の状態にまで至った場合、
衝動的に暴力を振るう状態に陥ってしまう人は、
本人でも制御することができないくらい脳が暴走してしまうということが、脳の暴走を経験していない人には理解できません。
そのため、適切な人間関係が築けず、孤立し、さらに心に傷を負う、という負のスパイラルから抜け出せません。
ベニーは父親からトラウマを与えられてしまい、母にもやや難があるようで、親からの愛情を十分に受けられません。
この、ちょっと問題ありそうだな、と思わせる母親役の女優さんの演技も良かったです。
そのため、青少年福祉事務所のバファネさんなど施設の皆さんの支援を受けていますが、
衝動的な暴力が原因で、里親や養護施設にも長くは居られず、居場所もありません。
でもベニーを気に掛けるバファネさんとはある程度の信頼関係を築けている様子です。
このバファネさん役の女優さんも良かったです。終盤はバファネさんの涙にこちらももらい泣きでした。
非暴力トレーナーのミヒャ役の俳優さんも良かったですね。
二人で山小屋で過ごし、信頼関係が築かれる様子や、自然の空気や音などがベニーを癒しているのかな、と感じられる様子も良かったです。
いつもは他者や自分を傷つけてしまう暴力ですが、古い物置小屋かなにかを力いっぱい解体することに力を使っている様子なんかも◎でした。
映画なので、このあたりを転機に、ベニーが徐々に衝性をコントロールしていくというハッピーエンドな展開も考えられましたが、そうはならず、ベニーの抱えたトラウマの深刻さが感じられるような展開になっていったのも、安易なストーリーを避けるという監督の想いのようなものを感じました。深読みですが。この問題はそうそう簡単には好転しないんだよ、という厳しい展開ではありましたが、演出としては絶望よりも何か希望のようなものを感じられるような形にしている点も秀逸だと思います。

上映しているスクリーンが少ないのですが、気になった方は是非。
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