風に立つライオン

エンツォ レーサーになりたかった犬とある家族の物語の風に立つライオンのネタバレレビュー・内容・結末

3.9

このレビューはネタバレを含みます

 2019年制作、サイモン・カーティス監督によるゴールデン・レトリバーの視点から捉えたヒューマンドラマである。

 この物語が犬好きの観客の心の琴線に触れるのは間違いない。
 「レーサーになりたかった犬とある家族の物語」という邦題から分かる通りカーレースの大好き犬エンツォとある家族の物語である。

 カーレーサーであるご主人デニー・スウィフト(マイロ・ヴィンティミリア)とその家族を見守る犬目線で語られる。犬の声がケビン・コスナーなのもいい。
 長い舌のせいで話が出来ないだけでと自分で理解していて、実は人間の心を持ちながら、自分を選んでくれたご主人様に静かにずっと寄り添うエンツォ。
 ご主人様の恋人エイヴリー・スウィフト=イブ(アマンダ・サイフライド)に嫉妬しながらも、やがて妻になる彼女を受け入れていく。
 そして家族の一員となり、その娘ゾーイを優しく見守っていく。その表情がなんとも柔らかくて素晴らしい。ついソファーの犬を撫でながらの鑑賞になる。

 そして物語がある日暗転する。
 物語の暗転のトリガーを'シマウマ'が弾くが、ある種'魔の刻'として登場する。
 どんな家庭でもそして誰にでもあの'シマウマ'は暗躍し、邪悪な触手を伸ばそうとする。

 イブが不治の病に倒れるという事件が起こる。
 エンツォもじっとそばに付き添う。

 ある日イブは死期が近いということを悟るが、エンツォを見つめてあることを思う。

 「死は怖くない。これが最後ではない」と、

 そしてある朝、イブはデニーが看取る中、旅立っていった。
 
 妻の死後、義理の両親がレーサーであるデニーにはゾーイの養育は無理としてゾーイの親権を争うという思わぬ方向に傾く。
 この辺りは少々義理の両親のやり過ぎ感は否めない。が、裁判も無事終わり、物語の終盤へ。

 デニーはフェラーリからスカウトされゾーイとエンツォを連れイタリアへ移住する。
 エンツォも老犬となり、デニーのレースからの帰りを待つ日々が続く。 

 円環して冒頭シークエンスへ、
 ある日デニーが帰るとエンツォは寝たままで立ち上がれなかった。
 静かに抱き起こしてリビングのソファーに連れて行き二人でカーレースを鑑賞する。
 デニーはエンツォの為にレーシングカーに乗せてやろうと思いつく。
 フェラーリから借りたオープンカーの助手席にエンツォを乗せ疾走する。
 多分エンツォは人生で最高の時間を持ったのである。
 最後にエンツォはデニーに目で訴える。
 
「もう一周だけしてくれない?」

 エンツォは亡くなるが8年後、フェラーリの世界的F1ドライバーになっていたデニーにファンとしてゾーイにエスコートされて来た8才の少年にサインをする。名前を尋ねるとエンツォという男の子。
 確か、エンツォはかねがねモンゴルの言い伝えにもある「経験を充分に積んだ犬は来世では人間に生まれ変わる」というのを信じていた。
 そのことはイブにも病床に付き添いながら目で訴えていたことでもあった。
 デニーも一瞬ハッとして

  「生まれ変わりか!?」と思う。

 ハッピーエンドの趣きでどこかホッとしつつ、目頭が熱くなる。

 全ての人にあの'シマウマ=雨'は罠を仕掛けてくるが、恐れずに立ち向かう勇気を持とうとデニーとエンツォは体現しているように思える。
  
 常に冷静で忍耐強く雨の日のレースに特に腕を発揮するデニーの元で育ち、「立ち向かう勇気さえあれば雨はただの雨なんだ」というエンツォの呟きが何とも深く、物語の主題が醸し出されていてエンドロールで奏でられるCCRの「Have you ever seen the rain」も効果的で心に残る一本である。