九月

キラーズ・オブ・ザ・フラワームーンの九月のレビュー・感想・評価

4.9
1920年代のアメリカ・オクラホマ州。石油の発掘により巨額の利益を得た、オセージの人々。彼ら現地住民が謎の死を遂げる事件が相次いで発生する。あまりにも悍ましい、この一連の事件を濃密に描きながらも、スクリーンから一切目を離せなくなるほど引き込まれた。不穏な空気が漂うのに、映像に映るものの豊かさに心躍る。

先日文庫化された『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン オセージ族連続怪死事件とFBIの誕生』を読みながら(原作もまた素晴らしかった)、何故映画ではディカプリオ演じるアーネスト・バークハートが主人公なのかという思いがずっとつきまとっていた。しかし、オセージ族の女性・モリーと結婚した、白人の入植者である彼の目線を通すことにより見えてくるものがたくさんあり慄いた。

原作では、一体誰がこんなことを…と初めは謎多きサスペンス的な趣を感じ、淡々と明かされていく史実に驚愕し続けたが、映画ではもっとずっと人間臭くてそれこそにゾッとした。
それに、割と初めの方から悪事やその中の悪意が見え透いているのに、一方では、彼にだって愛する妻や家族がいて、あくまでも同じ人間だと感じ、善意を信じたくもなった。
極悪非道な凶悪犯だけがこのような悲劇を起こすのではなくて、ほぼ無意識かもしれない差別や人々の潜在的な意識が積み重なっていった結果なのだと思うと本当に愚かしい。それでいて、もし自分がこの状況、この立場にいたら…?考えたくもなくなるくらい。映画を観ただけで歴史や世の中を知った気になる自分にも嫌気が差してしまいそうで、打ちのめされた。


どうしてもIMAXでも観たくなりもう一度観た。初めて観た時は何よりも衝撃が上回ったけど、二回目は映画を観たあとの幸せな気持ちを噛み締めた。
じわじわと増していく強烈な不快感や居心地の悪さに顔を顰めてしまうのに、全てのシーンで映像や音の贅沢さに愉悦を覚える。サントラ聴いたりスチール見たりして振り返っても、あんなにヒリヒリするとは思えないくらいなのに。
九月

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