MikiMickle

恐怖の報酬 オリジナル完全版のMikiMickleのレビュー・感想・評価

4.5
『恐怖の報酬』
原題「Sorcerer(魔術師)」

1953年のクルーゾー監督の名作『恐怖の報酬』を、『エクソシスト』や『フレンチ・コネクション』の名匠ウィリアム・フリードキンが1977年にリメイクした超大作サスペンス。

当時では破格の(現在価格で)100億円の予算をかけ、3大陸5カ国で2年にも渡って撮影したもの。

しかし、同時期のスターウォーズの異例の大ヒットや名作リメイクとしてのバッシング、原題の難解さなどのため、興行的には大コケしてしまった作品。
そのために、北米以外の 日本を含めた各国では、フリードキンに無断で30分もカットされた[短縮版]が公開されてしまう…… 題名もクルーゾー版の英語版題名「Wages of Fear」に変えられて。
正当な評価もないまま、2つのスタジオの利害関係もあり、その後上映もDVD販売も全くされなかったという不遇の作品……
つまり当時の公開時以外はほぼ観る機会すらなく、オリジナルは全く見る事すら出来なかったという幻の作品。

しかし、フリードキンにとって今作は全身全霊をかけて全ての勢力をつぎ込んだ野心作で、自らの意志を込めた最高傑作であるという自負がある。故に、傷つけられた自尊心は計り知れなかっただろう…

そして、何十年も経った2013年。彼は勝手に切り刻まれて別物になってしまった作品を、執念から様々な事を乗り越えて、自らの手で121分の[ オリジナル完全版]として4Kリマスター化し、世に出した。それは各地で再評価の日の目を浴びる事となる。
そして日本でも遂に、40年という長い月日を経てこのオリジナル版が公開されたのだっ‼‼

うぅ… グッとくる……これだけで胸が熱くなるじゃないかっ‼
ちなみに、このオリジナル版をスティーブン・キングは「(クルーゾー版よりも)人生で1番好きな作品」と称し、タランティーノも人生ベスト12作品の中に入れている。
そんな、見過ごされてきた傑作‼

映画館が、ヨボヨボのおじいちゃんおばあちゃんが半数を締めていて満席だった事も胸熱だっ‼

ストーリーの舞台は南米ポルヴェニール。アメリカ出資の石油会社による油田開発で働く原住民に混じって、それぞれに過去を持ち逃げてきた4人の男がいた。彼らは偽名と偽の身分証を持ち、地獄のような泥沼の日々を送っていた。そんな時、油田が爆発してしまう。ニトログリセリンの爆風によって轟々と燃える油田を鎮火する案があがるが、保管されていたそれは液状化していて少しの衝撃でも爆発してしまう…多額の報酬のために、それを移送する役を得た4人。しかし、ボロボロのトラックでの長い長いジャングルの道無き道に待っていたのは、まさに「恐怖の報酬」であった……

始終手に汗握る展開の数々には、息をつく暇もない。それは、爆発の恐怖はもちろんだけれども、それだけでは決してない。
例えば、冒頭から描かれる4人それぞれのバックボーン。犯罪者でありならず者であるが、きちんと“人”を描くことによる同情や共鳴が徐々に芽生えてきて、彼らが愛おしく感じる。渋く、悲しく…僅かな希望と未来の為に命をかけた彼ら。そんな彼らの人間関係や過去や情勢や貧しさや悲しみや怒りや生き様や信念や瀬戸際や……それらを感じる事が出来き、深みと恐怖がより一層増す。演じる俳優陣のギラつきと恐れのリアルさも素晴らしかった。

彼らが乗るトラックの名前の意味も深い。マイルス・デイヴィスのアルバムの名前でもある原題“SORCERER”と復活の象徴である“LAZARO”であるし、インカ帝国の石像とトラックのフロントの顔つきはそっくりだ。その意図は?‼と探る探究心は楽しく、意味深い。
そして、怒涛のように迫りくる自然の牙や人間の怖さは、恐怖と共に人間の業を感じる……ジャングルのまとわりつく熱気、からみつく泥濘、豪雨、洪水… 匂いすら感じる恐怖。
豪雨と濁流の中の吊り橋渡りでの緊迫感と恐ろしさは納得の名シーンだった。響き渡る音の恐ろしさもまた。それは息も出来ないほど。見ていた私の顔は目を見開いて口元はあまりの凄さにニヤついていたはず。
最初から最後まで、映像も演出もストーリーも、どれほど丁寧に撮っているのか‼と……。こんな映画を40年前にCGももちろん無しで、全て泥などにまみれて撮ったフリードキン監督の熱気と狂気…… こんなものをよく撮ったな……と……。想像を絶するとしか言えない。まさに狂気でしかない‼
映画内での溢れすぎる狂気と熱量と異様さは、なんともフリードキンに重ねてしまったりもする。アメリカン・ニューシネマの後期に、本当に伝えたい事のためにこの作品を作った意味も。あの時代の“映画作家”の苦悩も。
今の作品ではあまり見る事の出来ない“監督が伝えたいもの”。それへの狂気的愛。それらを含めて、素晴らしい作品だった。
そして、フリードキン監督が「Wages of Fear 恐怖の報酬」の後に得たのは、「Sorcerer 魔術師」の称号なのかもしれない。
MikiMickle

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