「浮気することで罪悪感から優しくなる。ずっと情熱的なままなんて無理なんだから」
夫の浮気についてあっけらかんと話すジュリエット・ビノシュ。彼女は役者で、配信会社のアクション・ドラマ・シリーズのシーズン4に出ている。
「お金のためだけど、奴隷みたい」
現状をユーモアで見事に立ち回る彼女を中心に、オリヴィエ・アサイヤスの新作『冬時間のパリ』は展開する。原題は作品テーマそのものを簡潔に表した『Non Fiction』。さすがに2008年の『夏時間の庭』と接続しようとした今回の日本語題はやりすぎだろう。
「Googleが我々の読書体験を人質に個人データを広告主に売る」
「彼らは慈善事業じゃありませんよ。これは世界を良い方向へ変える革命なんです」
制作された2017年前後の出版、映像分野で交差していた進歩主義と保守主義が夕食会やカフェ、バーで語られる。決して怒鳴り合戦にはならないところに、彼の国の成熟した個人主義を見る。
「映画館でフェラした時に観ていたのは『スター・ウォーズ』。『白いリボン』なんてしょうもない嘘つかないで」
それにしてもジュリエット・ビノシュのエネルギッシュな美しさはどういうことだろう。クレール・ドゥニの『レット・ザ・サンシャイン・イン』に続く、今が全盛期と言いたくなる輝き。それがシニカルな会話劇のなかに潜む人間の知性への信頼を照らし、今作にポジティヴな温かさを加えている。
対になる夫の浮気相手でフォーマット改革を会社で進めるブロンド美女を演じるクリスタ・テレも魅力的だ。声のトーンも鋭く、冷徹で明晰なキャラクターを見事に演じているし、その奥の弱さ繊細さも感じさせる。
「『山猫』のサリーナ公爵のセリフを覚えてる?変わらないためには、変わるしかない」
「最近よく見るよ」
「意外と失礼なのね」
「嫌みじゃない。不思議に思わない?書かれた半世紀前より今のほうが響く」
文学も映画も人間も、そんなにヤワじゃない。
軽快軽妙な会話劇のまま、ラストには粋なギャグまでカマシながら、最後にはジンワリと希望と感動の涙を流させてしまうような映画がここに在るのだから。
「奇跡なんて存在しない。ただ現実が在るだけ」
まだまだ終わらず続いていく。きっと。