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エリック・クラプトン~12小節の人生~のariy0shiのレビュー・感想・評価

4.5
2019年のこと。空前の大ヒットとなった『ボヘミアン・ラプソディ』には目もくれず観に行ったのが『エリック・クラプトン 12小節の人生(Life In 12 Bars)』。全国で華々しく公開されていたボヘミアンなんかよりはるかに地味な扱いで、しかも封切られてから随分と時間が経っていたこともあり、阿佐ヶ谷にある手作り感あふれる小さなシアターでの観劇だった。心に迫る、泣ける、そして何より前を向いて生きようと思える、素晴らしいドキュメンタリーだった。

「12小節」とは、クラプトンの音楽的ルーツであるブルースからとられたネーミング。クラプトンの波乱万丈の人生を、当時の貴重な映像や本人を含めた関係者インタビューで振り返りながらストーリーは進行する。

このドキュメンタリーの山場は3つ。まずは奔放な母親に“拒絶”された幼き頃の傷、名曲"Layla(レイラ)"のもととなった、親友ジョージ・ハリスンの妻パティ・ボイドへの横恋慕(と、彼女から受けた"拒絶"、その後のドラック・酒への依存)、そしてどん底から這い上がるきっかけとなった愛息の誕生と痛ましい事故死。特に息子コナーとのシーンは涙なくして観ることはできなかった。

クラプトンは、母親から見放されたという深い心の傷から、他者と向き合うことを避けてきたはずである。パティをはじめとする関係を持った女性たちに、彼は自身の母親の面影を重ねていた。まるで無償の愛を求める子供のような存在だったように思える。

そんな彼が、おそらく初めて出会った「他者」が息子だった。小さな命の誕生に「自分も大人にならなきゃと思った」という言葉が心に響く。大人になるとは、つまり他者を知るということ。ああ良かった、君も気がついてくれたか、エリック。そんな安堵は長くは続かず、愛息がビルから落下して突然この世からいなくなってしまうという悲劇が起きる。

つらい。映画を観ている方もつらい。その不条理さに、今度こそクラプトンが奈落の底に落ちてしまうのではないかと誰もが心配したのだが、そうはならなかった。

「悲劇をポジティブに変えるしかなかった」「息子を思いながら生きていこう」と立ち上がり、前を向いたクラプトンは、亡き息子を歌った"Tears in Heaven"にその思いを込めた。小さな映画館の各所から鼻をすする音が聞こえ、自分の涙腺も崩壊していたのは言うまでもない。

音楽的な楽しみもふんだんに盛り込まれ、ヤードバーズやクリーム時代のライブ映像もさることながら、個人的にはレイラの有名なリフの誕生シーンには鳥肌がたった。

総じて、前を向いて生きたいと思わせてくれる、そんな映画だった。
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