風に立つライオン

夜の大捜査線の風に立つライオンのネタバレレビュー・内容・結末

夜の大捜査線(1967年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

 1967年制作、ノーマン・ジュイソン監督によるアカデミー作品賞に輝いたヒューマンドラマの傑作である。

 1960年代と言えば、公民権運動が盛んだった時代、まだまだアメリカ南部では人種差別が激しかった頃で、ミシシッピー州ともなればあからさまな差別が蔓延っていた。
 そうした州の小さな片田舎町である日、町の有力者の殺人事件が起こる。
 深夜に列車の乗り換えの為、待合室にいたヴァージル・ティップス(シドニー・ポワチエ)を巡回中のサム・ウッド巡査(ウォーレン・ウォーツ)がよそ者で財布に金をたんまり持っていたというだけで有無を言わさず連行する。
 このウォーレン・ウォーツがまたいい味を出している。
 間抜けで頓珍漢な演技は笑いが込み上げてくる。

 本署には高圧的で偏屈な署長ビル・ギレスピー(ロッド・スタイガー)が待っていた。
 実はヴァージルはペンシルベニア州フィラデルフィア市警殺人課の名うての敏腕刑事で休暇で母親のところへ向かうところだったのだ。
 警官バッジとフィラデルフィア署長との連絡で疑いが晴れるも殺人事件捜査に協力するように指示され已む無く共同捜査を開始する。

 冒頭からここまでのシークエンスで小さな田舎町の警察署の明け透けで杜撰、アバウトで差別的な態様が浮き彫りとなる。
 ティップス刑事がシュンとしたスーツ姿で都会的な話し方をするが故に田舎者の白人達は輪をかけて突っかかって来る始末。

 特にギレスピー署長に至ってはティップス刑事の週給の多さと敏腕ぶりに嫉妬とやっかみが爆発したりする。 
 
 署長 「粋な名前の黒ンボのヴ
     ァージルさんよ。フィ  
     ラデルフィアじゃいっ
     たい何と呼ばれてるん
     だ?」
 ヴァージル「They call me Mr.
     Tibbs!(ティップスさ
     んと丁寧に呼ばれてい
     るよ!)」

「They call me Mr. Tibbs!」はそのまま続編のタイトルに使われている。

 遺体の検死や誤認逮捕、町の有力者で大農園主エンディコット邸などのどのシークエンスに於いても凄まじい差別的視線が注がれるが、ティップス刑事は冷静にして沈着、しかも科学的なアプローチにより誇りを持って対峙していく。
 エンディコッドから頬を平手打ちされればすかさず打ち返したりする。
 こんな光景を見た事のないエンディコッドはもちろんギレスピー署長も呆然の体であった。

 ギレスピー署長はややもすると金田一耕助シリーズに登場する等々力警部みたいな役所で「よし!分かった!」と早合点して的外れな逮捕を繰り返す、所謂コメディ・リリーフ的立ち位置で笑わせるが、人種差別が根底に流れている分シリアス成分は損なわれていない。

 そしていつしかギレスピー署長はティップスの能力に一目置くようになっていく。
 白人至上主義の暴徒達からリンチ寸前を救ったり、ティップスへの妨害から守ってやったりする。
 そして署長達の早とちりから二転三転する逮捕劇の末に真犯人に辿り着く。


 そして事件解決の翌日、駅にティップスを見送るギレスピー署長の姿があった。
 ヴァージルの鞄を持ってやり握手を求める。
 「それじゃな」と言ってギレスピーはポケットに手を突っ込んだまま立ち去ろうとする。去り際に振り向いてこう言う。
   
  「ヴァージル!元気でな頑張
   れよ!」

 ヴァージルの顔にも最後には照れ笑いが浮かび列車に乗り込むのであった。‥

 これまでの軋轢や対立が洗い流され、何とも爽やかなホッとするエンディングで印象的である。

 ロッド・スタイガーは本編の演技によりアカデミー賞主演男優賞に輝いている。
 シドニー・ポワチエは一作前の1963年の「野のユリ」で主演男優賞を黒人で初めて獲得している。
 そしてクィンシー・ジョーンズの音楽によるレイ・チャールズの歌'In the heat of the night'
も南部の熱帯夜をブルージーに歌い上げ印象的である。

 演技派ががっぷり四つに組んだ重厚でありながらコミカルテイストも味わえる作品でシャーロック・ホームズ的真相解明への進捗も充分に楽しめるが主眼はやはりシリアスな差別の中で生まれるヒューマンドラマであってその奥深さは正にアカデミー作品賞に値する逸品であると思う。