140字プロレス鶴見辰吾ジラ

ラブレスの140字プロレス鶴見辰吾ジラのレビュー・感想・評価

ラブレス(2017年製作の映画)
4.0
”モンスター・ペアレンツ”

モンスターはなぜ恐ろしいのか?
それは愛が欠如しているからで
モンスターはなぜ魅力的なのか?
それは本来縛られるモノが欠如しているから

冒頭の寒空を映すカットと乾いた晴れ空を葉の落ちた無表情な木々の隙間から見るシーンから、味気ない静寂を感じ、固定カメラのロングショットや陰で顔の輪郭のみしか映さない不穏な空気がピンと張りつめる感覚が興味をそそり居心地が悪い。

夫のボリスと妻のジェーニャは、互いに恋人を作り、マンションの一室は売り払い、離婚をして人生の再出発しか考えていない。そこには幸せな家庭の希望となるはずだった息子が、その家庭の残骸のような扱いを受けている。引き取り手はどちらにするか?世間体はどうするか?邪魔者扱いされていると夫婦喧嘩を立ち聞きした僅か12歳の少年アレクセイはある日疾走する。

定番のドラマ展開であれば、息子の疾走を経て夫婦が愛を取り戻すこととなるが、今作はそんな救済は一切与えず、かといって息子の疾走ミステリー視点、いわば「ゴーン・ガール」のようなエンターテイメント的な興を挿入する気遣いさえない。

息子が疾走したその頃、夫は?妻は?どこで、何をしていたのか?それを濃密に描くことで、今作の切なさや哀しさ、そして環境を取り巻く病理を炙り出して見せる。

印象的だった点は、失踪者対策に関するシミュレーション性。「シンゴジラ」が日本の虚構災害によるシミュレーション映画であったように、今作は失踪者に対する、初期の警察の反応とボランティア活動家たちの対応を見事に描いている。画面の奥行以外にも横に広がっていく捜索隊の視点や、打ち捨てられた廃墟の哀しさをクリアに映し出してつつ、丁寧に描写する捜索シーンは印象深い。

またスマートフォンの使いどころが絶妙に効いていて、高級レストランで下品にスマホを弄る様や、セルフィーに励む様、少年の捜査にSNSを駆使する点など、現代的に精神性のスマホとの癒着や病理性を挿入していた。

意図的に挿入される「世界の滅亡の予言に関するニュース」「ウクライナ情勢」は経済的に成長していく精神的公害がもたらす病理を映していて、韓国映画の無慈悲な追い込みに似ていた。国をしての幸せを取りに行くために、個々の精神が眼に見えぬ精神的公害に侵されているのを、ドメスティック的、つまり国家であり家族でありとマクロ視点×ミクロ視点で落とし込んで描いているからこそ、無慈悲さに悲しみの感情と興味深さを感じてしまうのだろう。

繰り返しになるが、ロシアの寒空の下にクリアに映される林の風景、打ち捨てられた廃墟、巨大なアンテナの虚無感と意味深なまでに長いカットとカメラズームで考えさせる、その視点での希望性?またはただのハッタリ?に踊らされながら、最後は真実を明かさず、愛を失えば再構築は可能か?不可能か?を問うような物悲しいエンディングにしているのもまた憎い。