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心と体とのlentoのレビュー・感想・評価

心と体と(2017年製作の映画)
4.0
海外の映画作品は、どのように観てみたとしても、最終的には誤解が残るものだろうと思う。だからこそ、ハンガリーの女性監督が撮った幻視のような映画に、1人の日本人男性である僕が、どうしてこんなにも懐かしさを抱くのだろう?

そんな不思議さに思いを沈めることになった。

食べ物は、海を持たない国に多く見受けられるように野菜の煮込みが多く、ライスもよく登場する。映像に引っ張られたこともあり、この映画から聞こえるハンガリー語からは土の香りがした。

監督はイルディコー・エニェディという人。色彩も構図も行き過ぎないように趣味良くまとめており、テンポの良さと共に気持ちよく観ることができる。そのため牛が屠殺(とさつ)され血を流し、解体されていく精肉加工所の生々しさと、2人の男女が同じ夢(2頭の鹿)を見る幻想性が説得力のある詩的映像として伝わってる。

あらためて演出(構成)の大切さを思う。演出力がなければ、おそらく妄想映像にしかならなかった。僕の感じた懐かしさとは、もしかすると、そうした構成感覚が担保されたうえで微分的に揺らぐ、その揺らぎ方だったのかもしれない。

それにしても野生鹿2頭(雄と雌)の夢のシーンには、愛おしさからため息がこぼれおちる。降りしきる雪の木立、冴えた水の流れ、黒々とした土と枯れ草、チャーミングな鼻息。大好きな人が冬の日にはく白い息に、胸が震えたあの日。

離婚歴があり、それでも寂しさのなかを望んで生きる初老の男と、コミュニティ障害を抱えながら生きる30歳過ぎの女が、夢のほとりで出会う。ともに同じ夢を見ることの象徴性の純度は、それほど高くはないものの、それでも鹿に表れる体格差や男女の年齢差なども含め、大人がどこかで優しく夢見ているようなシチュエーションのように感じる。

また性に対する男女の感覚の違いが様々なシーンに散りばめてあり、男と男、女と女、女と男のやりとりなどが、煩くならない程度にうまく配置されている。これも演出力だろうと思う。

特に何かを深く描いたような映画ではないものの、映像の肌合いのようなものが折に触れてふと蘇ってきそうだった。僕がもしも高校生で、思い切って好きな子を誘うときにこの映画が上映していたら、すごく嬉しかっただろうな。

追記)この映画を観てずいぶん経ってから、『この世界に残されて』(バルナバーシュ・トース監督, 2019年)と同じプロデューサー(モーニカ・メーチ, エルヌー・メシュテルハーズィという人)だったことを知った。映画製作のうえでのプロデューサーの重要性を思う。

★ハンガリー
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